人をその気にさせるということ
2008 / 07 / 03 ( Thu )
 自分にとって、意欲がわくときってどんなときかな、と考えてみた。

 ●やったらおもしろいかも、あるいは意義があるかもと思えるテーマに取り組むとき。
 ●自分の力が発揮できそうだと感じるとき。または、自分の力が必要とされているとき。
 ●まだやったことがなくて、うまくいくかどうかちょっとドキドキするとき(でも多少の勝算がないとダメ、うまくいく可能性が低すぎると意欲は落ちる)。
 ●魅力的なメンバーにめぐり会えたとき(話していて楽しくなる、プロジェクトに対するビジョンが発展する、有機的な会話ができる、飲んだらおもしろそうだ、など)。


 逆に、意欲がわかないときってどんなときだろうか。つまり裏返しになるんだけども。

 ●テーマに興味がもてない。苦労して取り組む甲斐が見いだせない。
 ●自分の力が全く及ばないとか、畑違いのことに取り組むとき。立場上そこにいるだけで、自分の力が実は必要とされていないとき。
 ●前にやったことがあって、食傷しているとき。あるいは計画が無謀すぎて、絶対にうまくいかないと思えるとき。
 ●メンバーに魅力を感じないとき(やる気がない、人任せにする、意欲の高い人の足を引っ張る、話に水を差す、マイナス面ばかり口にする、などの否定型。強引である、我田引水である、人の意見に耳を貸さない、全体の成果を自分の成果にする、などの自己満足型。)

 それでは、意欲がわかないときの解決法は何だろうか。

 ●テーマを、より魅力あるものに設定し直す。あるいは頭を切り替えて、テーマに魅力を見いだす。
 ●よく分からないテーマであっても、精いっぱい勉強する。あるいは、力不足は開き直って、違う畑だからこそ起こりうる新しい発見に期待する。
 ●別のメンバーにとっては有意義であるとか、以前とは違う切り口でできるかもとか、頭を切り換える。ゴールの見直しも含めて、計画を綿密に立て直す。

 ・・・って考えていくと、意欲がわかないときの対処法っていろいろあるんだけど、やっぱり一番大きくて難しいのは、どんなメンバーとやるかってことだよなあ。
 「こうあるべき!」と誰か一人が強引に進めていくと、正論は理解できても、気持ち的には意欲が下がる。本来ならやる気も能力もある人の意欲を殺いでしまうことさえある。有意義なことは分かっていても「あんたとはやりたくない」という気持ちにさせてしまうのだ。
 逆に、なあなあな人が集団心理を生み出すときも、全体の意欲が低下する。一生懸命やることを「目立ちたがり」と言われたり、「あらまあ、そんなにがんばっちゃって」という目で見られたりすると気持ちが萎える。意識の温度差が大きいときもまた然りだ。熱心にやっているかたわらでなあなあにやっている人がいると、意欲が萎えるのを通り越して怒りさえわいてくる。

 仕事でもプライベートでも、集団で何かを為そうとするとき、こうしたことの調整が実は一番難しいのでは、と思う。仕事のように、必ずしも好きで集まったわけじゃない組織で動く場合はなおさら難しい。
 もちろん場のリーダーシップも問われるが、おたがいに意欲を高め合えるような関係性や空気を、どうやって作るのか。
 
 正論だけをぶつけずに、相手の立場や意欲のレベルを理解しながら、具体的に解決していける部分をひとつずつクリアしていくこと。何かを自分のものにするのではなく、もっと大きな目標を見据えて、全体の成果を考えること。そして厳しい中にも、最後は笑顔で飲みたくなるような、充実感が得られること。そして、相手にとって、変わっていける余白を残しておくこと。


 そういうことなのかなあと、最近いろいろな人と話していてあらためて感じたのでした。
 自分の中に意欲が満ちる瞬間が、私は好きです。
 そんなときは、ぶるるるる・・・と自分の中にエンジン音が聞こえます。
 ・・・もちろん、エンストしてるときもたくさんあるけどね・・・
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