脱稿そして稽古開始
2008 / 07 / 27 ( Sun )
 次回公演の脚本が脱稿し、今日から稽古が始まった。

 青木晶子・今村聡・大久保真弥のキャスト3人が稽古場にそろい、読み合わせ。
 今回のメンバーは、劇団時代のおなじみの顔合わせなので、なんだか同窓会みたい。
 この3人が、兄弟を演じる。

 今回の小屋は普通のバーだから、動きの制約は大きいが、場の雰囲気を最大限に利用した作品にしようと思う。願わくば、お客さんもたまたまそこに居合わせてしまったような、そんな自然な空気の中で生み出される時間にしたい。

 本番まであと1ヶ月半。今年はじっくりと熱い夏になりそうだ。
 稽古の様子は、また順次アップしていきたいと思います!
23 : 05 : 15 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
スタート
2008 / 07 / 15 ( Tue )
 土曜日、次回公演の打ち合わせのために下北沢へ。
 行き先はもちろん、次回公演の小屋となるGadis。下見がてら、キャストとスタッフが集まった。

 Gadisは路地に面したビルの3階にある目立たないカフェバーだけど、本当に味のある空間。和風のようなエスニックのような、おしゃれなのに寛げるお店。空間がすでに物語っている。さあ、ここにどんな空気を生み出そうか。
 次回公演「ta・ra・chi・ne」は、前作「rendez-vous」にも増して少人数の3人芝居。晶子さんと小まめ、そして今村聡氏がそれぞれ出演を快諾してくれた。そして、音響はまたまたとまっちが担当してくれることに!あの空間にとまっち音響が入ると思うと、ますます期待感が高まる。デザインも、遅れて駆けつけてくれたMINMINが、引き続き手がけてくれることになった。感謝!

 さて、今月末の稽古開始に向けて、本書きに本腰入れます。
 しばらく浮世離れしているかもしれません。。。
23 : 04 : 15 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
いざ出陣!
2008 / 07 / 12 ( Sat )
男性礼装 今日の着付け教室は、男性の礼装。二人組みになって、おたがいに着せ合う。私が着ると、なんか七五三みたい。写真では袴がマーブル模様になってるけど、本当は細かいストライプなのだ。

 袴は殺陣教室でも毎週着ているけど、あらためてきちっとした着付けやたたみ方を教わる。袴は出世だたみというたたみ方があって、これははかまの紐がぐちゃぐちゃせずに、一瞬にしてほどけるたたみ方。
 「昔は、いざ出陣というときに一刻も早く駆けつけた者が出世できたわけでしょ。だから、ぱぱっと着付けできるように、こういうふうに準備しておいたのよ。奥方がおぼんの上に一式準備しておいて、月明かりの下でもすぐにだんな様に着せられるようにしておいたのねえ。」
 ふむむ。。。いや、現代に生まれてよかったよ。。。
 武家に嫁ぐには、それなりのたしなみがなくてはいけないんだなあ。戦場に行く夫に着付けをする奥方って、どんな気持ちだったんだろうか。今生の別れになるかもしれない時間を、黙って着付けをしながら二人で共有したのだろうか。死なれたくないばかりに、ぐずぐずと着付けをする奥方とかいなかったんだろうか。。。だめか、そんなの。

 昔と違って、二人いなくちゃできないことっていうのが、現代にはあまりない。昔は、夫にとっても妻にとっても、伴侶がなくては生活に困る不便さがあったのだろう。ちょっとぐらい気に入らない相手だったとしても、そこは生活共同体として協力せざるを得なかったのだろう。


 さて、今夜は9月公演に向けて、小屋となるカフェバーで関係者と打ち合わせ。
 いよいよ気球計画プロデュースvol.2が動き出します。
 タイトルは「ta・ra・chi・ne」。
 たらちね、と読みます。古文の世界で、「母」にかかる枕詞です。
 今回は3人芝居。前回にも増して少人数の芝居にチャレンジです。
 どんなことが起こるか、楽しみです。いざ、出陣! 
17 : 40 : 26 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
モラル・ハラスメント
2008 / 07 / 08 ( Tue )
 ある本を読んでいて、モラル・ハラスメントという言葉を、初めて知った。

 DV(ドメスティック・バイオレンス)の一種で、言葉や態度による精神的な暴力のことだそうだ。
 概して外ヅラがよく、世間的にはよい夫や父として振る舞っているのに、家庭の中では突如豹変して恐怖心や緊張感を植えつけ、精神的に妻を支配していく男性。自己愛型の性格の人に多いとか。 DVは肉体的な暴力だけじゃなくて、精神的な暴力や無視も含まれることは、もちろん頭では知っていたが、その本に描かれているモラル・ハラスメントの実態は、いやはや凄かったよ。

・作りたての料理が出てこないと腹を立てる。そのくせ、「食事ができたよ」と呼んでもなかなか食卓に現れず、あげくに「こんな冷めた魚が食えるか!」と激昂する。
・妻の行動を制限する。妻が一人で楽しそうにしていると気に入らず、難癖をつけてくる。
・ささいなきっかけで腹を立て、相手が土下座して謝るまで長期間無視をする。
・自殺予告の電話やメールを送りつけて、妻に心配をかける。
・子どもの前でも怒鳴りつけたり笑いものにしたりして、妻の立場をおとしめる。などなど・・・

 あのー、開いた口がふさがらないんですけど。。。
 私なら3日で離婚だね。冷えた魚と一緒に離婚届を差し出すわ。
 
 だがしかし、この手のタイプはいつもいつもそうなのではなくて、ふつうな時も多いのだそうだ。しかし、いつ火がつくか分からない。常に相手の顔色をうかがって、怯えながら生活するのでは、身も心も磨り減ってしまう。また、人目につくところや記念日などには、人一倍妻に奉仕するらしい。もっともそれは、「自分はこんなにしてやっているいい夫」を演じたい自己満足なのだが、本人だけがそれに気づいていない。だから、妻が思いあまって離婚を切り出しても、全く自覚も罪悪感もなく、泥沼化するらしい。また、誰かに相談しても、一つ一つのことは一見ささいなことなので、「亭主関白なご主人ね」「虫の居所が悪かったんじゃないの」などと言われ、逆に忍耐不足と諭されたりして、妻はますます行き場を失っていくのだそうだ。。。ひえ〜〜。
 いわゆる「亭主関白」と「モラル・ハラスメント」の違いは、明白だと思う。前者にあって後者にないものは男気だ。前者になくて後者にあるものは悪意だ。意地悪な心と言ってもいい。
 でも、「モラル・ハラスメント」という言葉を知って、これがDVの一種であることを知り、救われた女性が大勢いるとか。名前には、物事を定義し、一般化する意味がある。自分だけではなく、他にも同じ思いをしている人がいると分かるだけで、具体的な道が開けるものだし、勇気が持てる。こうなる前に、一生堪え忍んで亡くなった女性もたくさんいるんだろうけどね。

 しかしまあ、信じがたいとは言え、なーんか分かる気がするんだな。
 いるよ、こういう男。相手をおとしめることによってプライドを保とうとする男。自分でもどうにもできないんだろうなあ。だって、そういう性格に育っちゃってるんだもの。世代間の連鎖もあるようだし。自分が一番好きなんだから、相手のために変わりっこない。変えようなんて思っても時間の無駄、逃げるが勝ち。
 で、こういうのにつかまっちゃう女性。「私がいけなかったんだ」「私の努力が足りなかった」「私がもっとがんばれば…」という負のスパイラルにハマりやすい人。
 自意識ばかりが肥大化して、コミュニケーション能力が低下している今、これからもそういう人は増えていくのかもしれない。愛情と依存を見失い、それぞれが自立できなくなったら関係は終わりだと思う。一人でも生きていける人間が、一緒にいることに意味があるのだから。
23 : 32 : 52 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
人をその気にさせるということ
2008 / 07 / 03 ( Thu )
 自分にとって、意欲がわくときってどんなときかな、と考えてみた。

 ●やったらおもしろいかも、あるいは意義があるかもと思えるテーマに取り組むとき。
 ●自分の力が発揮できそうだと感じるとき。または、自分の力が必要とされているとき。
 ●まだやったことがなくて、うまくいくかどうかちょっとドキドキするとき(でも多少の勝算がないとダメ、うまくいく可能性が低すぎると意欲は落ちる)。
 ●魅力的なメンバーにめぐり会えたとき(話していて楽しくなる、プロジェクトに対するビジョンが発展する、有機的な会話ができる、飲んだらおもしろそうだ、など)。


 逆に、意欲がわかないときってどんなときだろうか。つまり裏返しになるんだけども。

 ●テーマに興味がもてない。苦労して取り組む甲斐が見いだせない。
 ●自分の力が全く及ばないとか、畑違いのことに取り組むとき。立場上そこにいるだけで、自分の力が実は必要とされていないとき。
 ●前にやったことがあって、食傷しているとき。あるいは計画が無謀すぎて、絶対にうまくいかないと思えるとき。
 ●メンバーに魅力を感じないとき(やる気がない、人任せにする、意欲の高い人の足を引っ張る、話に水を差す、マイナス面ばかり口にする、などの否定型。強引である、我田引水である、人の意見に耳を貸さない、全体の成果を自分の成果にする、などの自己満足型。)

 それでは、意欲がわかないときの解決法は何だろうか。

 ●テーマを、より魅力あるものに設定し直す。あるいは頭を切り替えて、テーマに魅力を見いだす。
 ●よく分からないテーマであっても、精いっぱい勉強する。あるいは、力不足は開き直って、違う畑だからこそ起こりうる新しい発見に期待する。
 ●別のメンバーにとっては有意義であるとか、以前とは違う切り口でできるかもとか、頭を切り換える。ゴールの見直しも含めて、計画を綿密に立て直す。

 ・・・って考えていくと、意欲がわかないときの対処法っていろいろあるんだけど、やっぱり一番大きくて難しいのは、どんなメンバーとやるかってことだよなあ。
 「こうあるべき!」と誰か一人が強引に進めていくと、正論は理解できても、気持ち的には意欲が下がる。本来ならやる気も能力もある人の意欲を殺いでしまうことさえある。有意義なことは分かっていても「あんたとはやりたくない」という気持ちにさせてしまうのだ。
 逆に、なあなあな人が集団心理を生み出すときも、全体の意欲が低下する。一生懸命やることを「目立ちたがり」と言われたり、「あらまあ、そんなにがんばっちゃって」という目で見られたりすると気持ちが萎える。意識の温度差が大きいときもまた然りだ。熱心にやっているかたわらでなあなあにやっている人がいると、意欲が萎えるのを通り越して怒りさえわいてくる。

 仕事でもプライベートでも、集団で何かを為そうとするとき、こうしたことの調整が実は一番難しいのでは、と思う。仕事のように、必ずしも好きで集まったわけじゃない組織で動く場合はなおさら難しい。
 もちろん場のリーダーシップも問われるが、おたがいに意欲を高め合えるような関係性や空気を、どうやって作るのか。
 
 正論だけをぶつけずに、相手の立場や意欲のレベルを理解しながら、具体的に解決していける部分をひとつずつクリアしていくこと。何かを自分のものにするのではなく、もっと大きな目標を見据えて、全体の成果を考えること。そして厳しい中にも、最後は笑顔で飲みたくなるような、充実感が得られること。そして、相手にとって、変わっていける余白を残しておくこと。


 そういうことなのかなあと、最近いろいろな人と話していてあらためて感じたのでした。
 自分の中に意欲が満ちる瞬間が、私は好きです。
 そんなときは、ぶるるるる・・・と自分の中にエンジン音が聞こえます。
 ・・・もちろん、エンストしてるときもたくさんあるけどね・・・
23 : 29 : 42 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム |