さよなら2007年
2007 / 12 / 30 ( Sun ) このところ、忘年会シリーズにかまけてすっかりブログをサボっていたが、先日の気球忘年会でそれもおしまい。気球がらみの仲間で集まるのも久しぶりだったが、なんだか親戚の集まりみたいでやたら寛いだ。
そして、あっという間に明日は大晦日。早いなあ。今日は夕方から栗きんとんを作る予定。いや、私、お正月の食べ物は栗きんとんとお雑煮しか作れないんで。。。 振り返ってみれば、今年も本当にいろんなことがあったなあ。 2月に阿佐ヶ谷でやった第10回公演が、もう遠い昔のような気がする。あれも今年の出来事だったとは。そして、結婚シリーズのミニ芝居を3本。忙しかったけど、今となってはとってもいい思い出。 今年やったことの中で、自分にとって一番大きかったことは、劇団を解消したことだな。うん、それは、劇団を作ることと同じぐらい大きなことだった。 劇団を解消するということは、ひとりになるということだった。えーっと、誤解されそうなのでていねいに書くと、それは孤独になるということではない。これからも仲間であることに変わりはないし、事実今年も気球メンバーとは大いに飲み、大いに遊んだ。 劇団を主宰していた5年間は、常に次の公演のことが頭にあって、いついつまでにやらなければならないことが決まっていて、それに向かって走り続けていた。それは誰より私が切に望んでいたことだったし、そのころ私は一日一秒が惜しかった。今やらなければならない、年月がたてば、自分はそれだけ年を重ねて今とは変わってしまう、今何かを残さなければならない、そんな焦りが私の背中を押していた。だから、劇団という組織は、とても居心地がよかった。劇団は、いつも次の公演に向けて動くものだし、それを実現できるシステムと仲間がいて、ほどよいプレッシャーが私の足もとを支えてくれたから。 そういう流れを離れた今年は、ひとりで自分と向かい合う時間が増えた。これから向かいたい方向や、大切にしたいもの、やりたい芝居、そういうことをじっくり考えた。不思議なことに、時間が流れることが、昔ほど怖くなくなっている。いやむしろ、時間はいろいろなものを洗い流して問題をシンプルにしてくれる、最良の味方だった。 また、ひとりになったことで、たくさんの新しい出会いもあった。主宰として演出としてではなく、丸腰の自分として人に出会うのは新鮮だった。今後につなげていきたいと思う。 そして、今年一年、ひとりで歩く私の傍らを一緒に歩いてくれたみなさん、本当にどうもありがとう。自分がどれだけまわりの人に愛され守られているか、つくづく感じた一年だった。 そんな一年を経て、来年5月には、初のプロデュース公演となる作品をお見せしたいと思います。題して「rendez-vous」。ランデブー、言わずもがな「待ち合わせ」という意味です。ここ最近大人数の作品ばっかりでしたが、今回はたった4人しか登場しない、シンプルな芝居です。今、4人のキャラクターとゆっくり話し合いながら、本を書いています。 それでは、みなさんの新しい年に幸多からんことを! |
年の暮れ
2007 / 12 / 16 ( Sun ) 昨日、15日(土)の稽古で、気球計画ワークショップを終了した。
5月に始めてから、早いもので7ヶ月がたち、その間に21回の稽古を行った。体を動かし、声を出し、さまざまなワークを試みて、これからやりたい芝居の方向性を探ることができた。また、ワークショップを通して出会った人たちもいた。参加してくれたみなさん、本当にありがとう。楽しかったです♪ まだ一年を振り返るには少し早いけれど、年の暮れの忙しなさの中で、ふと足を止めてみる。今年を転機と充電の年にしようと決めてから、あっという間に年の暮れを迎えようとしている。よそのワークショップで勉強させてもらったり(場所ごとに空気が違い、それもおもしろかった)、気球計画ワークショップで基礎稽古を続けたり、たくさんの芝居を観たりした。今までよりプライベートに時間を割くこともでき、これからを考える気持ちに変化があった。 いろいろなことがあったけど、今までより深い呼吸をして、自分を見つめ直した一年だった。よくなかったところは、変えていこう。よかったことは、続けていこう。そして、来年は作品を作ろう。 さて、いよいよ忘年会シーズン、プチお別れ気分が隠し味となって、ますますお酒がおいしい季節になりました♪新年になればなったで、どうせまたすぐ飲むんだけどね。今日は殺陣教室。高井戸の稽古場だったので、帰りは行きつけの居酒屋ふじへ。今年も何度も足を運んだけれど、年内に来るのは最後である。今日は、店内がお花でいっぱいだった。つい先日、ママの還暦のお祝いだったとか。それほどお客さんに愛されているのも納得できる、あたたかいお店である。 マスターのお料理が、ますますグレードアップしていて最高。ねぎ嫌いの私のために、ねぎ抜きの別皿を作ってくれる心配りに感動する。写真はきりたんぽの野菜煮込み。秋田県比内町直送のきりたんぽが、とてつもなく美味です。しばらく会えないけど、また来年も食べに来るからね。 さて、明日も忘年会。 忘年会という名目で、いろいろな人に会えるのもうれしい、年の暮れである。 |
カウンターカルチャー
2007 / 12 / 05 ( Wed ) 鴻上尚史氏のオープンワークショップで知り合ったおじさま、もといお兄さまと、「虚構の劇団」の旗揚げ準備公演を観に、中野のポケットへ行った。虚構の劇団は、鴻上尚史が俳優志望の若者を集めて作ろうとしている新しい劇団である。旗揚げ前からポケットで公演できるなんて、何ともうらやまちぃ限り。
作・演出は鴻上氏なので、作風は彼らしい色だったが、舞台は初々しいエネルギーに満ちていた。芝居的には粗削りだったり、テーマや脚本に身の丈が足りてない感じの役者もいたけれど、見終わった後は爽やかでいい気分だった。体当たりで驕らない芝居は好感が持てるし、やっぱり若さって存在自体がパワーだよねえ。そして、年齢差を恐れず、そのパワーと手を結ぼうとしている鴻上氏もやはり魅力的。演劇の可能性と飽くことなく組んずほぐれつしたい、そんな気持ちが伝わってくる。旗揚げ公演にも期待しよう。 終わったあと、お兄さまと居酒屋へ。今はすっかり芝居の世界から足を洗った社会人だが、「やっぱり舞台の空気っていいよねぇ」と連発していた。 「カウンターカルチャーを持つことは大切なんだよ。」 ともすれば内向的な自分にとって、自分を開くことを要求される芝居の世界は、若かりしころの彼を形成した、大切なカウンターカルチャーだったのだと語る。 カウンターカルチャーとは、狭い意味では1960年代に盛んだったヒッピー文化を指すらしいが、言ってみれば主流の生き方に対抗する価値観や様式を持った文化のことだ。たしかになぁ。無意識のうちに、人間は自分にとってのカウンターカルチャーに親しんでいるものなのかもしれない。対極の間でバランスをとりながら、自分のいどころを探しているものなのかもしれない。自分の属性を紐解いていくと、「自分にとって大切な要素なんだけれど、考えてみればわりと自分にそぐわない。」そんな属性を発見することはないだろうか? 私は、仕事をしながらそれを実感することがある。 私は自分の仕事が好きで、まあたまに疲れたりムカついたりしてるんだけれど、それでも辞めようと思ったことはなくて、12年間同じ仕事をしている。 でも、最近つくづく思うのだ。「この仕事って、本当は、人当たり柔らかく、優しくて気長で、常に臨機応変に対応でき、いろいろな人と気さくに人間関係が結べる、そういった人が向いているよなあ」と。ところが、本来の私自身は、短気で白黒はっきりつけたがり、計画を乱されることに苛立ち、井戸端会議が苦手で、人間関係の濃淡が激しい。・・・全然向いてないんじゃなかろうか・・・(笑)?でもまあ、実際には全然ダメってこともないわけで、仕事関係の知り合いには「やわらかい人柄」とか言われたりして、内心「えええ〜?」と思うのだ。きっと無意識に自分を調整しているんだろうな。この仕事のおかげで、私は本来のキツさや激しさを適度に緩和しているのかもしれない。としたら、これも私に必要なカウンターカルチャーと言えなくもない。 もっとも、はじめに仕事を決めたときは、そんな意識はなかったわけだから、私は無意識に自分のカウンターカルチャーを選んでいたわけなんだろうか。それとも、本来はメインカルチャーとして選んだはずの道が、いつしかカウンターカルチャーになったのかな。いずれにせよ、自分の仕事には何か運命的なものを感じるのである。天職のようで天職でないようで、実は天職なのかも。 ともあれ、人間は、ぴったりのことにも、まったくそうでないことにも、適応できる。 そのことがすごく不思議でおもしろいと思った。 最近読んだ桐野夏生の「グロテスク」も、それに関係しておもしろかったんだけれど、その話はまた今度。 |
Living together
2007 / 12 / 03 ( Mon ) 「カレシの元カノの元カレを知っていますか。」
・・・もちろん、知りませんよね。これはエイズ予防を訴えるキャッチコピーで、電車の中吊りなどで目にした人も多いと思う。 12月1日は、世界エイズデー。そして12月はエイズ予防月間である。学生時代、性教育を専攻していた私にとっては、エイズもまた切っても切れないテーマであった。今夜、東京都エイズ予防月間講演会を聴くために、都庁へ行ってきた。毎年こうした取り組みは行われているが、私も参加するのはしばらくぶりだった。 エイズ問題は、10年ほど前にさかんに取り上げられて本や映画になった以降は、メディア的には下火になっている。昨夜の講演会も、中身はとてもよかったのに参加者が少なくてびっくりした。一時期よりも知識や関心が失われていることを痛感した。子どもはもちろん、言わずもがなだ。しかし、話題性に置き去られてもエイズという現実は消えてなくなるわけではない。日本でもエイズの感染者は年々増え続けており、その増加率は先進国の中では多い方だという。そして、感染者の多くは10〜30代というこれからの社会を担い手となる世代である。若い世代が、エイズを知らないことは危険なのである。しかし、継承すべき問題を継承しないで、その時々の関心事だけをまつりあげ、使い捨てにするのは、日本のマスコミの悪い癖だ。 エイズは、未だに治らない病気だが、さまざまな薬や治療法の開発によって、死なない病気にはなったと言われる。もちろん、一生続く治療には、精神的にも肉体的にも、そして経済的にも大きな負担がかかるから決して楽ではないが、そのぶんエイズと共生している人や、その時間が多くなったということだ。 講演会の後半では、エイズ予防啓発活動に取り組む若者たちを迎えて、パネルディスカッションが行われた。みんな若いのに、それぞれ草の根的な活動をしていてすごいなあと思った。また、本当に情報を届けたい相手にどうすれば届けることができるのか、そんな共通の悩みも聞かれた。そうなんだよね、問題意識の高い人に伝えることは簡単なのだけれど、実際に辛い目に遭ってしまったり問題を起こしたりするのは、えてして問題意識の低い人なわけだから。あるパネリストは、こちらが手をこまねいているだけでなく、自ら外へ出て行って声をかける活動を行っており、地道ながらも具体的で素晴らしいと感じた。 結局、何かのテーマに問題意識を感じたとき、その人間が自らの情熱を使って訴えることが、一番人に届くのだ。一番人を変えるのだ。行政の力もメディアの力も大きいけれど、身近な人が自分に情熱を持って語ったことの方が、きっと心に響くのだ。社会とかシステムとか大きなものに丸投げせず(もちろんそういった問題提起も必要だけれど)、自分の心と体でしなやかに訴える方法もあるのだ。もちろん、演劇もそのひとつだ。 エイズは、コミュニケーションによって届く病気である。 誰とも触れ合わなければ、エイズと出会うこともない。 コミュニケーション能力の低下が叫ばれる今、一方でエイズは増え続けている。 何か大切なことを問われているような気がしてならない。 それはそうと、おまけ。 最近、東京都が行うイベントはすごいね。何がすごいって、「オリンピックを東京に!」のキャッチコピーが必ずついてくる。今日の講演会でも、キャンペーンシールとバッヂをもらったよ。おーい、いつの間にこんなものを?これって、すごい予算なんじゃ?誰が東京にオリンピック呼びたいの?石原さん?(笑) |
SPECIAL THANKS!
2007 / 12 / 02 ( Sun ) 12月1日は、私の誕生日でした。
新しい一年の始まりに励ましを寄せてくれたみなさま、どうもありがとう。まわりの人の愛を感じられるので、誕生日ってやっぱり好きです。そんなこと言って、自分はわりと人の誕生日を忘れてしまうんですが。。。こんなズボラな性格にもかかわらず、愛してもらえる私は幸せ者です。感謝感謝。 今年は、お誕生日祝いにホールケーキをいただきました。それも二度も。どちらもおいしくてペロリ。特に、てんこ盛りのいちごにウハウハ(死語)です。あ、ろうそくの本数とか数えちゃいけませんよ。 子どものころ、ケーキを買う習慣のない家に育ったので、自分の名前入りのケーキはあこがれでした。この年になっても、ケーキやぬいぐるみを手放しで喜んでしまう私は、やはり子ども時代に何かを置いてきたのでしょうか。。。 「新しいことには常にチャレンジしていきたいと思うし、変わることを恐れずに、新しい発見や飛躍につなげられる年にしたい。そして、今までよりもう少していねいに、ひとつひとつのことに向かっていきたいと思う。」 ・・・って、去年の誕生日に書いてました。予想以上にいろんなことがあって、変化に富んだ一年になりましたけれども、一歩ずつ地道な積み重ねができたと思っています。これからの一年は、それを生かしていける一年にしたいと思います。 また今年も、おでこに磨きをかけてがんばります♪ ![]() |
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さて、いよいよ忘年会シーズン、プチお別れ気分が隠し味となって、ますますお酒がおいしい季節になりました♪新年になればなったで、どうせまたすぐ飲むんだけどね。

