HAPPY WEDDING!
2007 / 07 / 30 ( Mon ) 28日は、われらがセレブこと元劇団員の川桐名月さんの結婚パーティーだった。銀座のレストランを借り切って、芝居仲間や新郎新婦の友人など40名あまりが集まるにぎやかなパーティーになった。
私は幹事でもあり、出し物の小芝居もあったので、何やら公演当日みたいな気分でそわそわと銀座へ向かう。小芝居の仕上がりが不安だったので、3時から近くのカラオケボックスで稽古をして、会場へ向かった。 ![]() ケーキカット。セレブの笑顔が素敵でした いやぁ、ドレスアップしたセレブ、きれいでした〜。 淡いグリーンのドレスが本当にお似合いで、優しそうなだんな様と並んだ姿は、とても絵になってました。参加者の私たちに、いつにも増してやわらかい笑顔と、幸せをふりまいてくれました。 ![]() 「bar enchabte」 enchabteは、フランス語で「初めまして」 せっかく芝居つながりで出会った仲間だから、ということで企画した出し物、劇団◇熱気球計画旗揚げ解散公演「bar enchabte」。最初にセレブと下見に来たときから「・・・使える」と目をつけていたカウンタースペースで、6人の小さな芝居をしました。協力してくれたユージン、乃維ちゃん、小まめ、おぎぃ、扇谷くん、マヤちゃん、ありがとう。音響と映像のオペ、大変なところを協力してくれた中條さん、どうもありがとう。秦くんも、日本出立を前に、乾杯の任を果たしてくれてありがとう! ![]() 一夜限りの劇団◇熱気球計画でした おぎぃと小まめの迷コンビ、もとい名コンビによる司会進行の中、イサヤさんが生歌を披露してくれたり、花嫁のブーケを取り合う(?)ブーケプルズがあったりで、パーティーは最後まで盛り上がりました。ちなみに、ブーケを引いたのは小まめ。次なる新婦は小まめか!? お二人とも、どうぞ末永くお幸せに! |
美ら海へ
2007 / 07 / 29 ( Sun ) 高校時代からの友人と2人で、3日間沖縄へ行ってきた。
沖縄へ行くのは大昔親戚の結婚式で行ったのも含めると4回目だが、本島でゆっくり遊ぶのは初めて。宿泊したのは、本部町という本島の中でも北の方のリゾート地。のんびりするために行ったわりには、ずいぶんとアクティブな3日間になった。 ![]() さあ、しゅっぱ〜つ♪ 朝ゆっくりできるように遅めの飛行機で行ったので、那覇空港に着いたのは午後2時過ぎ。空港から移動してレンタカーに乗る。私も彼女も、ペーパードライバーに近いので、車の運転はドキドキである。初めは、それでもまだ最近運転したことのある彼女に運転してもらい、私は助手席でナビ。ま、ナビと言ってもカーナビが言ってることを復唱するぐらいものだったが。 那覇は、どこも大にぎわいで渋滞していた。国際通り近くに車を停め、ぶらぶらしたりごはんを食べたりして、夕方、一路ホテルへと向かう。那覇からホテルのある本部町までは、高速を使っても車で2時間あまり。いや〜、本島って広いのね。。。 2日目。 今日は少し早起きして、水納島(みんなじま)へ。水納島は、渡久地港から高速船で15分ほど行ったところにある、クロワッサン型の島である。1時間もあれば徒歩で一周できるほどの小さな島だが、住人も50人ほどいるそうで、ちゃんと学校もあった。こういうところで育つ子どもたちは、どんなふうに育つんだろう。 ![]() 水納ビーチ、なんてきれいなんでしょう ビーチは、プライベートビーチみたいで、とてもきれいだった。足がつくほどの浅瀬にも、50センチぐらいのわりと大きな魚が泳いでいて、それを追いかけて泳いでいるうちに、思いのほか日焼けしてしまった。水がきれい過ぎて、水中にいても焼けてしまうらしい。。。午後は、ボートに乗って少し沖まで出向き、シュノーケリングをした。今回はダイビングはしなかったけど、たくさんの魚を楽しむことができた。 ![]() わ〜い、水上バイクだ〜! また、水納島で初めて水上バイクに乗った。写真は私一人で乗っているけど、もちろん運転できないので、インストラクターの人と2人乗りで島近辺の海を走る。かなりの速さが出て、海風が気持ちいい。このまま転倒したら死んじゃうかも、なんて思っていたら、「スピード大丈夫ですか?」と聞かれ、「え?はい」などと適当に答えたら、さらに加速してものすごい勢いで走り始めた。ひゃ〜!最高だ!あげくに水上で蛇行したりスピンしたりするので、振り落とされないように必死。どうやらインストラクターは走り屋だったらしい。いやぁ、スリリングで楽しい時間だった。 午後、いったんホテルに戻ってから、車で美ら海水族館へ。言わずと知れた、世界一の水族館である。沖縄の海の生き物を余すところなく紹介していて、とても充実した水族館だった。 ![]() 左はジンベエザメ。右はマナティのアップ♪ なんといっても圧巻なのは、ジンベエザメやマンタがいる世界最大の水槽。大きな魚たちが悠々と泳ぐ姿を見ていると、なんだか人間の方が彼らに見物されているような奇妙な錯覚を覚える。帰り道、海越しに見た夕日がとてもきれいだった。 ![]() 日没は7時半ごろ。日が沈み始めると、つるべ落としのように一気に夜が来る 3日目。 朝、ホテルのプールで少し泳いでから、車で一路南部へと向かう。私も車を運転してみた。久しぶりだったが、やっているうちに何となく感覚を思い出す。そういえば、車の運転って楽しかったんだな♪ ![]() ひめゆりの塔の前で。 ひめゆりの塔と、平和記念公園を訪れた。私は、ここに来るのは初めてだった。 併設されている資料館をつぶさに見て、あらためてここで起きたことの詳細を知り、胸が詰まった。 何よりも心を打たれたのは、ここで亡くなった女子学生たちの写真がずらりと並んだ展示室だった。写真の下に、その子の人となりが綴られている。水泳の得意な子、おとなしい子、ユーモアのある子、自分の意見をしっかりと持っている子・・・そして、亡くなった状況が併記されていた。 歴史の中の、昔の女の子が死んだのではない。 その瞬間にはまさしく生きていた、まだ10代の女の子が、ここで蛆が肉を食む音を聞き、切断した手足を運び、悪環境の中で壮絶な医療活動に当たった末に、若い命を落としたのだ。死に方も生き方も、さまざまだった。生存者の口から語られる生々しい体験談を聞くにつけても、これを単なる歴史のひとコマにしてはならないと感じた。 eternal gardenを書きながらも思ったことだが、事実に思いは伴わない。事実は資料に残っても、思いは伝えていかない限り忘れられていく。生存者が年老いていく今後、生の声を伝えてくれる人はいなくなる。残された私たちにできることは何だろうか。 ![]() この海にたくさんの命が眠っている こうして2泊3日の旅は終わった。 いろいろとアクシデントもあったけど、充実した3日間だった。 沖縄、まだまだ見足りないなあ。戦跡ももっと見たかったし、首里城も見られなかったし。 よし、また来よう。きっと、近いうちに。 |
おんわたし
2007 / 07 / 25 ( Wed ) 今日は仕事は休みにして、マチネに下北沢でSPIRAL MOONの「おんわたし」を観た。平日のマチネで芝居を観るって、なんかいいなぁ。
今日のは、沖縄を舞台にした温かい作品。再演だから観るのは二回目なんだけど、いやあ、ホロホロ泣けました。 おんわたしとは、人から受けた恩を、その人ではなく、違う人に返す。そういうきまりです。人が人を許すということ、人が人を慕うということ、人が人を裁くということ、いろいろなことを感じて、なんだか自分が開放された気がしました。 ま、開放感は仕事が休みだった影響もあるかもしれないけど。 明日から私は、さんだるやっこるんさんと、本物の沖縄に旅立ちます。今回は本島。二泊三日と短い旅行ですが、沖縄の空気をたっぷりと浴びてきたいと思います。「これを絶対したい!」という強気な予定はあえてもうけずに、のんびりすることをメインに楽しんできたいと思います。いろいろとやることがあるので、パソコンを持っていこうかと思いましたが、やっぱりやめました。いつか、沖縄のようなのんびりとしたおおらかな空気感を感じさせる芝居を書く日のために。 行ってきま〜す♪ |
行ってらっしゃい
2007 / 07 / 22 ( Sun ) 気球メンバーの秦くんが、仕事で一年間香港に行くことになった。
急なことで驚いたのだが、海外勤務は前から秦くんの希望だったから、みんなでお祝いすべし!ということで、先日元劇団員が集まり、壮行会を行った。気の置けない劇団員飲みは久しぶりでなつかしかったし、しばらくはこの仲間で集まることもないんだなあと思うと少し寂しかったが、結局はいつもどおりの飲み会になった。 一年なんて、あっという間だよね、と話し合った。 「一年後、何してると思う?」 なんとなく、今と大して変わらない暮らしをしている気がする。 仕事して、稽古して、芝居見て、やっぱり飲んだくれている気がする。 「じゃあ、五年後は?」 ・・・そうなると、なんだか皆目見当がつかなかった。自分の年齢や、やりたいことを思い浮かべてみるけれど、現実味が薄い。 地震も頻発しているし、そんな先のことは分からないと言ってしまえばそれまでだけど、でも何も考えずにいれば五年だってきっとあっと言う間に過ぎる気がする。たとえ可能性が未知数でも、どうありたいかイメージしておくことは大切な気がする。子どものころは先のことをよく考えたけど、人生は大人になりきってからの方がずっと長い。 それで、私は五年後までにやりたいことをひとつ決めた。 秦くん、元気で行ってきてね。 今とは違う秦くんと、また芝居を創れる日が来たらおもしろいね。 あ、その前に秦くんがいるうちに香港に遊びに行こうっと。 ![]() |
熱気球計画
2007 / 07 / 18 ( Wed ) われらがセレブこと、元劇団員の川桐名月さんの結婚パーティーが、2週間後に迫った。40名ほど集まるにぎやかなパーティーになりそうで、今から楽しみ♪ちなみに、私が幹事、おぎぃと小まめが司会、乃維ちゃんが受付を担当し、気球メンバーそろい踏みのイベントになる。
また、せっかく芝居つながりで集まった仲間なので、やはりこの機会にも「芝居」を贈ることにした。題して「劇団◇熱気球計画 旗揚げ解散公演 bar enchabte」。会場の一画をそのまま舞台に使う、20分程度の短編を書いた。この強引企画に乗ってくれた6名の役者たちと、私を含めて2名のスタッフで、なんと3回(!)の稽古で作る。ま、みんな気心の知れたメンバーばかりなので、3回でもきっとできるはず。昨日は2回目の稽古だったが、おととい本を渡したのに、みんなほとんどセリフが入っていた。すばらしい☆ おめでたい席なので、芝居といえど、死ぬ・切れる・別れる・・・はもちろん御法度。そして今回は、時間もないので初めてアテ書きにした。それはそれで、書いてて楽しかった。新郎新婦のお二人、会場で出会うみなさま、どうぞお楽しみに! |
けんか
2007 / 07 / 15 ( Sun ) 昨日・今日で、今回参加しているワークショップの半分が終わった。
初めての人ばかりで最初はドキドキしたけど、いろんな人がいて楽しい。 そこの劇団の演出さんの話を聞いていると「ああ、こういうことだったのか」と納得することが多い。今まで私が芝居を観たり演出をしたりしていて、うまいのになぜか魅力を感じない、でも何と言っていいか分からないという違和感を感じることがしばしばあったのだけれど、その理由もちょっと分かってきた気がする。その稽古場では、いわゆる芝居らしい、観客を意識した芝居は求められない。過剰に大きな発声や身体表現も排除される。本当にプライベートな感覚で、相手から感情をもらい(相手の感情を引き出し)、その場に空気を生み出すのだ。・・・って言葉で書いても、やってみないことにはたぶん分からないんだけど;; ワークショップで使っている台本の一部分は、男女でけんかしているシーンだ。けんかと言うか、険悪な話し合いと言うか。 今日、参加者の男性と組んでそのシーンをやった。終わった後、感想を求められて、「・・・ムカつく」と答えた。相手の男性も、「俺も。なんか、顔見てるだけでムカつく」と言う。ずいぶんだが、芝居だからいいや。なんか、やっててほんとにムカついたのだ。 その後「じゃあ、ちょっと替わってみましょう」と言って、演出の人が相手役に入って、同じやりとりをした。 。。。。。。 終わって、しばらく言葉が出ないほど、ムカついた。やってて、どうやろうとか、そういうことが頭からすっ飛んで真っ白になるぐらいムカついたのだ。同じセリフなのに。相手から感情を引き出すとはこういうことか、と思った。 だが、私の場合は、挑発に対する返しが過剰らしい。それも、なるほど、と思った。意識して見せる芝居を続けていると、そのつもりはなくても無意識のうちに表現が過剰に大きくなるものらしい。たしかに日常生活でもそうかもしれないなーと振り返りつつ、特に頭に来たときの私はそうだなと内心思った。それは、防衛反応が働くせいもあるように思うけど。 今日の稽古をして、昔ある人としたけんかを思い出した。本当に、険悪な空気が部屋中に満ち満ちていたあの感覚がよみがえってきた。そのとき、「なんで君はいちいちそう大げさなの?芝居やってるからじゃないの?芝居辞めたら?」と言われて、頭が白くなるほど腹が立った。もちろん、その後の展開は推して知るべしだが;;。でも今思うと、私にそんな気はなくても、あの人は本当にそう感じたんだろうなあ。そして、あの人のあの返しこそが、まさに相手の感情を突き動かしたいい例だよなあ。なんだ、私より、あの人の方がよっぽど役者だったんじゃないか?(笑) まあ、日常生活で、私たちはこんなにもリアルに感情のやりとりをしているんだよね。 しかし、人とけんかすると、やっぱり悲しい。今日みたいな芝居でも、終わった後になんか涙出そうになった。 私はふだんもわりとよく怒っているのだが、甘えてるみたいで悔しいから、怒ってるときは泣かない。でも、あとで一人になったときにちょっと泣く。大声出したり、険悪な言い方をしたりする自分はやっぱり好きじゃない。本当なら、ゆったりとかまえた穏やかな人になりたいと思う。いや、ほんとに思ってるって。 それにしても、芝居にはいろんなやり方があって、勉強になるなあ。何がいいか、どれが好きか、何をどう使うかは、自分次第だ。来週あと2回、たくさん吸収してこようと思う。 |
レモン・インセスト
2007 / 07 / 14 ( Sat ) 先日、本屋で適当に買った文庫本の中に小池真理子の「レモン・インセスト」があった。
手に取ったものの、なんとなく気が進まず、のろのろ読んでいた。なぜなら、あらすじからして、生後間もなく誘拐されて生き別れた弟と再会して、姉弟が禁断の恋に堕ちる。。。う〜ん、そんなことまずないし、いわゆる「禁断の恋モノ」なのかなあ。「禁断の恋モノ」って、結局「官能小説か、これは?」と突っ込みたくなるような展開が多いし。いや事実、あんまり上手くもない性的描写を延々と連ねた文学小説もあるので、通勤電車でそういうのを読む気がしなかったせいもある(そう思うなら買わなきゃいいのに;;) それに、きょうだいの恋愛って、どうなのよ?私にも2つ上の兄がいるが、どう逆立ちしても、月面宙返りとかしても、あの兄と恋に堕ちるなんてことはありえないので、いかんとも共感しがたいのである(だから、だったら買わなきゃいいのに;;)。そんなわけで、あまり気乗りせず読み始めた。 ところが、半分を過ぎたあたりから、引きずり込まれるように一気に読んでしまった。 結局、この物語が描いているのは、この恋愛をどうするかということではなくて、一人一人の生きざまや、関係性や、その変容なのだった。それぞれのキャラクターに細かく共感するところがあった。 恋愛は単体で存在することはなくて、当人同士の問題などと簡単に片付けられないところがあって、気持ちの変容が細波のように周囲の人間に影響する。逆に、本人たちのあずかり知らぬ細波に支配されて生まれる恋愛もあるのだろう。あっさりと振られてしまう不倫相手の男にさえ、なんだか哀れみをおぼえた。彼女の変容を前に成す術もなかった男の心中は、どんなものだっただろう。 この姉弟は一線を越えずに、ラストを迎える。だから、厳密にはインセストではない。でも、二人の関係はなんともエロティックで、どうしようもない必然性を感じた。成るべくしてそのように育った二人が、成るべくしてそのように出会い、成るべくしてそのように結びついた。その結果が、ああいう悲劇だったことは残念なのだが、永遠を望むと人は限りなく死に近づいていくのだろう。なんか最近、こういうテーマにしばしば出会っている気がする。いや、もちろん作品の中での話だけど;; 現実の恋愛では、ぴったり行きすぎるとよくないのかもなあ。多少ムカつくところや理解できないところがあるぐらいでちょうどいいのかもしれない。 |
思い出の台本で
2007 / 07 / 12 ( Thu ) まずい。珍しくかぜひいた。声が嗄れてる。頭がのろのろしてる。
ここ最近、部屋の片づけで極端にほこりっぽい環境で生活していたこと、プラス、ビール飲んでいっぱいおしゃべりしてたことが敗因だと思う。またの名を自業自得。 今週末と来週末の4日間、よその劇団のワークショップに行くというのに。。。なんてことだ。 今回参加させてもらう劇団の公演は、気球計画を始める前から何度も観ていた。 このたび、ワークショップで使う台本が送られてきた。決められた部分のセリフを覚えていかなくてはならない。台本を開いてみて、おお。。。懐かしかった。そういえば最近やってないみたいだけど、その芝居を毎年再演していたから、私は5回ぐらい観たと思う。自分の芝居以外で、そんなに何度も観た芝居はそれだけだ。いろんな人と観た。舞台美術や、役者の変化、芝居の変遷も観てきた。観客として思い入れの深い作品である。 電車の中で台本を読んでいて、そのシーンが頭に浮かぶほど何度も観たのに、やっぱり泣けてしまった。 どんなワークショップになるのだろうか。楽しみ。 でもその前に、こののどの痛みを何とかしないと。。。おやすみなさい;; |
ベートーヴェン
2007 / 07 / 10 ( Tue ) こないだの日曜日、お芝居仲間の樽本さんが出演する芝居、「1824」を観た。ベートーヴェンの一生を綴った作品。劇中にベートーヴェンの曲のピアノソロや交響曲の生演奏があり、ラストはオーケストラによる第九の演奏会でしめられるという豪華な舞台だった。芝居自体は、ナレーションも多かったし、平坦な構成だったのだけれども、かえってそのシンプルさが功を奏していたようにも思う。なぜなら、ベートーヴェン自身の人生が、まさに事実は小説よりも奇なりで、中途半端な物語をはるかに超えているからだ。 彼の類いまれな才能は、まさに神様によって与えられたものだと思う。そのうえ、よりにもよって難聴に襲われるとは、神様が彼をもって人間の可能性を試したのではないかとさえ思える。ベートーヴェンはその苦難さえ乗り越えて、今もあまねく人の耳に残る名曲を生み出した。 そんな彼の人生を言葉で書くときれいだが、苦難を乗り越えるとき、人間は決して美しくはない。その姿をありのままに表現できるのが芝居のよさだと思う。苦難に際して彼は、悟りの境地でそれを乗り越えたわけではなく、ボロボロに転落し、臥薪嘗胆しながら這い上がった。なぜそこで彼が這い上がれたのか、そこの解釈がもう少し欲しかったところだが、なぜ彼はありえない悲劇に際しても立ち上がることができたのだろう。なぜ、死を思いとどまったのだろう。 それを「強靱な精神力」と言えばまた簡単に美しくなってしまうが、もしかすると、彼の元来偏屈な性格のおかげかもしれない。彼は人との交流をほとんど持たず、女性にはフラれっぱなしで、相当に傍若無人な人だったようだ。「エリーゼのために」にしても、「月光」にしても、彼が女性を想って書いた曲は、名曲だと思うけど、愛を語るにしては暗い。正直、女性には重たい愛し方だったんじゃないかと思う;;何はともあれ、もしも彼が社交的な性格で家族にも恵まれ、守るべきものをたくさん手にしていたとしたら、ああいった天才的な創作はできなかったかもしれないし、どん底に至って自ら終止符を打つこともあったんじゃないかと思うのである。バランスがとれていないからこそ、大いなる理不尽に対応できたのでは。 でも、彼は幸せだったのかなあ。才能に恵まれ、後世まで残る作品を残したけれど、生涯孤独で苦難の多い人生。平凡でそこそこだけれど、みんなに愛されて仲間に囲まれた人生。自由に選べるとしたら、どっちがいいだろう? 私は子どものころずっとピアノを習っていて(今じゃ全然弾けないけど;;)、当時どの作曲家よりもベートーヴェンが好きだった。発表会で何を弾くかという時期になると、友達はショパンやモーツァルトを選ぶのに、私はいつもベートーヴェンがいいと言っていた。彼の作品に潜むどこか鬱屈したエネルギーに、わけもなく惹かれていたのである。 芝居を通して久しぶりにあのころの気持ちに再会し、いそいそとベートーヴェンのCDなど買って帰ったのだった。それにしても、さいたま芸術劇場、遠っ!! |
ふたたびの恋
2007 / 07 / 02 ( Mon ) 4年前、パルコ劇場で「ふたたびの恋」という芝居を観た。野沢尚氏脚本。役所広司・永作博美・國村隼による3人芝居で、3時間あまりという超大作だったが、本当に飽きることなく楽しめた作品で、今も心に印象深い。 先日、ほしさんとそんな話をしていたら、彼も観ていて、しかもシナリオやサウンドトラック、DVDまで持っているというので昨日のワークショップで貸してもらった。 昨日は、サウンドトラックをかけながらストレッチと短編の稽古をした。音楽に乗せて、ゆるやかにサンセット・バーの舞台が思い出される。舞台美術も本当に素晴らしかった。物語は、すでに下り坂のシナリオライターを役所広司が演じ、彼の教え子で今をときめくシナリオライターを永作博美が演じている。2人はかつて不倫の恋をしていたが、女が売れ始めると恋は終幕を迎え、あれから3年がたっていた。2人は沖縄の思い出のホテルで再会する。それを見守る、サンセット・バーのバーテンを國村隼が演じる。岩代太郎の音楽が、大人の恋を見守りながら、窓外の海のように満ち干きする。 「ふたたび恋したい相手はいる?」などと稽古に関係のない話まで、しばし盛り上がってしまった。 今日、シナリオを全部読み返してみた。 言葉のひとつひとつ、気持ちのひとつひとつを味わいながら、芝居を観たときとはまた違う充足感を得た。 私、好きなんだよねー、こういうの。本当は、もっと汚い思いや憎しみや妬みや、いろいろな感情があっただろうに、長い時間に気持ちが蒸留されて、やはり相手への愛情が結晶のように残っている。ただ好きという単純な思いでは決して割り切れない愛情。もはや引き返せない年齢だからこそ、本当に大切なものを失いたくないから、そこに戻るのだろう。 また、このシナリオには作者の野沢尚氏の思いや、稽古を通して変わった箇所、最終稿までにカットされた部分などがあまねく盛り込まれていて、おもしろかった。脚本自体が、2人のシナリオライターを通して作者自身の思いを相当に代弁しているんだろうけど、野沢氏の作品作りに対する姿勢が色濃くうかがえる。稽古場でいち早く泣いているとか、20回以上も本番に足を運んで毎回自分の作品を楽しんでいるとか、なんかそういう姿がありありと目に浮かぶ。 野沢氏は、今は帰らぬ人となってしまった。 振り返ってみれば、あれから一年とたたぬうちに、自らの命を断ったことになるわけだ。 野沢氏が何を思い、家族ややりかけの仕事を残して、死を選んだのかは分からない。想像するしかない。 けれども、今さらながら本当に惜しまれる。私は映像はたまにしか見ないのでよく知らなかったんだけど、でもドラマの「眠れる森」は毎週息を詰めて見た。あれが、私にとっては野沢氏の名前を意識した初めての作品。でも、それより前にたまたま観て気に入ってた作品の中にも、野沢作品はたくさんあった。ドラマの「この愛に生きて」も好きだったし、映画の「さらば愛しのやくざ」もそうだったんだよね。笑いに逃げない、一番痛いところを描き出す野沢氏の脚本は、私には本当にツボだった。 創造することの厳しさは、私も端くれながらによく分かる。あれだけの仕事をしている人なら、なおさらだろう。あれだけ緻密な仕事をする人だからこそ、自分を追い詰めた面もあったのかもしれない。彼にとって、思い通りの仕事ができないことは、死ぬに等しいことだったのかもしれない。あるいは、「ふたたびの恋」のセリフを借りるならば、「胸のそこに燃える種火」や「作品を通して伝えたい祈り」が潰えたのかもしれない。あるいは全然違う理由かもしれないが。 昔から、自死を選ぶ物書きは少なくない。心が弱いとかそういうことではなくて、どちらかというと殉職に近いようにも思える。燃え盛る炎を前に逃げ出す消防士がいないように、刃物を持った犯人に向かっていかない警察官がいないように。 でも、あなたの作品は、こうしてちゃんと世に残っています。 近いうちにDVDも観たいと思う。 |
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こないだの日曜日、お芝居仲間の樽本さんが出演する芝居、「1824」を観た。
4年前、パルコ劇場で「ふたたびの恋」という芝居を観た。