倉庫バラシ
2007 / 03 / 31 ( Sat ) 今日は、気球計画の倉庫バラシ。朝からみんなで手分けして、西荻窪の倉庫を明け渡す。2年あまり使った運送屋さんの倉庫。運送屋さんは、ちょっとヤクザっぽかったけど、いつもとっても親切だった。今までお世話になりました☆
![]() じゃんけんで、倉庫から我が家まではトラックの荷台に乗るはめに。お尻痛いよ〜 倉庫から積み出した荷物を、我が家まで運ぶ。うちの駐車場で木材をバラしていたら、物量が多すぎたせいか大家さんに怒られたので、大道具は近所の公園に持っていってバラす。日ごろデリケートなユージンも、セレブ名月も、みんなでなぐりやのこぎりを振るう。人数がいたからはかどったけど、それでもうんざりするほどの物量。細かくした木材は、今後少しずつ捨てるべくひとまず我が家へ・・・狭い我が家がますますすごいことに!でも、倉庫を借りる前、パネルや階段が我が家にあったころに比べれば、まだ全然マシだ。 一方、小道具や衣装も、捨てるものとそうでないものに分ける作業を行う。手間暇かけて作った衣装も、今回は思い切ってさようなら。さびしいけど、芝居は終わったらそれまで。その潔さがまたよい。 ![]() 沙羅さまのワンピースもさようなら〜 その後、吉祥寺でeternal garden関係者が20名あまり集まった。本当はお花見にしたかったけど、お天気が怪しくて寒かったので、ふつうに居酒屋での飲み会に変更。ビデオや写真を渡しつつ、久しぶりにこのメンツで飲んで騒いだ。みんな元気そうで楽しい♪ そして、今回は結婚したばかりのメンバーや新社会人もいて、あちこちでお祝いムード。特にお祝いごとのないメンバーもあやかるべく、お祝いムードを浴びて帰る。。。 ![]() 大勢集まってよかった♪ そんなこんなで長い一日だったけど、朝から作業に飲みに張り切ってくれた劇団員のみんな、本当にお疲れさまでした!明日は筋肉痛かもね。 そして、これで劇団として最後の大きなミッションが終わった。達成感とさびしさが半分ぐらい。あ〜、でも本当にすべてが終わるのは、我が家のゴミを全部捨て終わったときかな;; |
同期会
2007 / 03 / 28 ( Wed ) 今日は、同期会があった。
初めて社会人になったとき、同じ地区に採用された同期の人たち。一年目の年は何度も一緒に研修をして、しんどい宿泊研修なども一緒に乗り越えた。ま、その宿泊研修で、本当はかたく禁じられていたのに、夜、数人でこっそり宿を抜け出して、山の夜空を堪能したりしたのも、若気の至りということで。。。その他にも、一緒に遊びに行ったり飲みに行ったりして、楽しい思い出がたくさんある。 同期のメンバーは15人いたが、半分ぐらいはもう連絡がつかなくなってしまっている。私もよくよく無精者で、もう長いこと同期会には顔を出していなかったのだが、幹事の人が根気よく連絡をくれていたので、今回は参加できた。今日集まったのはのべ7人だったが、中には会うのが10年ぶりの人もいて、本当に懐かしかった。 ある人は新婚ほやほやだった。ある人はすでに3人の子持ちだった。ある人は嫁姑問題に頭を悩ませていた。ある人は海外旅行にダイビングにと奔放な生活を送っていた。ある人は演劇や裁判のことを話していた・・・それは私のことだが;;あのころ一緒に就職して、似たようなことに頭を悩ませていた仲間たちが、今ではそれぞれ職場で中堅層として活躍し、次のライフステージへと進んでいる。会うのが久しぶりのせいか、なんだか玉手箱でも開けたようにまぶしい。話を聞くと、傍から見ると幸せだったり不遇だったりする事情にも、一言でまとめきれないそれぞれのエピソードがあることを感じ、あらためて感慨深かった。 そのうちの2人は、先日の公演を観に来てくれた。今までうちの公演を観に来てくれたことはなかったのだが、今回でひと区切りするということで、声をかけ合って駆けつけてくれたそうだ。なかなか同期会にも参加しない、同期甲斐(?)のないヤツなのに、本当にありがたいことだ。 帰り道、そのうちの1人と話しながら帰る。その人自身も昔演劇をやっており、その人の舞台を観たことが私にとっては大きな転機になったのだった。その人がこう言った。 「こないだの舞台はよかったけど、あなたは相変わらずだね」 「なにが?」 「あなたは強いけど、本当は不器用だよね。自分も昔やっていたから分かるけど、相変わらず自分はここにいるんだって必死に訴えてる感じがした。まっすぐすぎて痛々しかった。だから、辞めるっていうのは意外な気がした。責任とか、やらなきゃっていう思いでどこまでもいってしまうのかと思ったけど、よく決断したよね。」 その人は、4月からずいぶん遠くへ行ってしまう。彼のことだから、きっとどこへ行っても誠実な仕事ぶりでまわりに愛されるに違いない。5月には初めてのお子さんも生まれるそうで、今まさに人生の転機と言えるだろう。きっと、幸せな転機になりますように。 |
伝える技術
2007 / 03 / 27 ( Tue ) 昨日、というか今朝、3時までかかって仕事の原稿を書いた。ふぅ。まあ、芝居観に行ったり、気球日記書いたりしてるから遅くなるんだけど。。。私という人間は、どーしてもどーしても締め切りギリギリになるまで腰が上がらない人間のようだ。
午前中、その原稿の検討会があった。他にも数名、同じように原稿を持ち寄って、それぞれの原稿を見合う。講師の先生は本当にエネルギーに満ちあふれた人で、今日も朝からテンションが高い。 自分の書いた原稿を見てもらって、意見をもらう。読んだ人にきちんと伝わるように、読んだ人が同じことを再現できるように書くのは、本当に難しい。意識して書いていても、やっぱりどこかで私の頭の中だけにあること、読んだだけじゃ分からないことがあって、指摘されて初めて気がつく。 原稿に限らず、私たちはふだん自分だけが分かっていることがいかに多いことか。それでいて、思うように理解されないと、誤解されたと憤慨したり、傷ついたと嘆いたりする。勝手なものだ。 きちんと問題を整理して、正確に伝える技術をもっと磨きたい。 それにしても、一晩夜ふかししただけなのに眠くてたまらない。 公演前には、もっとありえない睡眠時間で稼動していたのに、ここまで眠くはなかった。春だからかなぁ。。。 明日は大勢お客さんの来るお仕事があって、朝も早いので、今日は早く寝ることにします。おやすみなさい。 |
リュケイオン
2007 / 03 / 26 ( Mon ) ![]() 今日はInnocent Sphereの公演「リュケイオン」の楽日。忙しかったので迷っていたんだけど、それでもやっぱりどうしても見逃したくない劇団なので、当日券で駆けつける。 『世界から遠く離れた孤島・東喜久島。 そこに廃校を利用したフリースペース「リュケイオン」はある。 この自由の学園には、なんらかの理由で社会生活からはみ出てしまった者たちが集まってくる。 現在は11人の生徒と5人のスタッフが共同生活をしている。 そこへ、新任講師の男が2人、やってきた』 そんな設定で始まる物語。 青山円形劇場の形状を生かして、円い舞台は周囲を木材で粗くかこまれ、さながら鳥の巣のようにも、小さな檻のようにも見える。毎度ながら舞台美術が秀逸なのも、この劇団を見る楽しみの一つだ。 はみ出し者たちが集まる小さな学校にやって来た新任講師。正面から正論をぶつける講師の熱意は反発を食らい、かたや不器用な講師は不可解な言動をくり返す生徒を前に成す術もない。 そこに、かつて殺人を犯した少年が紛れ込んでいるといううわさ。そして生き物たちが何者かに殺されていく。人々は疑心暗鬼に縛られ、そして。。。 いつものことだが、この劇団の作品には、よく今そのテーマをやるなあと感心するような勇気がある。今回の作品にも、少年犯罪、いじめ問題、親子の愛憎など、難しいテーマがいくつも盛り込まれていた。そういった人間の心理の一番痛いところをていねいに描き出して、しかし最後には、聖なるものに昇華させるような魔法を持っているのである。 人は、愛するがゆえに苦しむ。求めるがゆえに失う。存在を認められなければ生きていけない生き物なのである。そもそも、どうなることが人間の幸せなんだろうか。社会復帰することが、悩みなく気楽に生きていくことが、誰とでも仲良くできることが、本当に幸せなのだろうか。「なんでわざわざ?」と周囲が首をかしげるような道をわざわざ遠回りして歩く人生も、また滋味深いのではないか?平和な人生には及びもつかない、濃厚な真理を見出しているのではないか? もちろん芝居だから、見る人によって好き好きはあると思うけど、やっぱり私は好きなんだなあ、この劇団の世界観。 ちなみに、ここの作・演出の西森氏は、現役の先生だそうである。高校で国語を教えていらっしゃるとか。現役の先生が、フリースクールを舞台にした作品を創るというのも、これまたすごい勇気だなあ。きっと、いい仕事するんだろうなぁ、と想像してみたり。 最近、いろんな芝居を見るんだけれど、私にとっていい芝居は、まず物語がしっかりしていること。そして、役者が十分に魅力的であることだ。魅力的な役者は、2時間見ているだけで惚れそうになる。もちろん、役者というより役に惚れるんだけど、端役でも悪役でも魅力的な役者には惚れてしまう。むろん、顔立ちに関わらずだ。お客さんを役に惚れさせることができるような、そういう役者が素晴らしいと思う。今日の役者さんたちも、何人も惚れちゃったよ。立っているだけで、あふれ出るオーラなんだ。 やっぱり芝居はおもしろい。 人間はおもしろい。 |
イチゴ狩り♪
2007 / 03 / 25 ( Sun ) つい先日の日記で、「遊びはこのぐらいにして・・・」とか書いてたけど、そう言えばまだ遊びの予定があったのでした☆
昨日は気球メンバー6人で、秦くん企画・イチゴ狩りツアーへ! 一日三食イチゴでもいいぐらいイチゴ好きな私にとっては、最高の企画です。 しょっぱなから私だけ待ち合わせの駅を間違えたのは、まあご愛嬌ということで ^^;) ちょっと雲行きが怪しかったけど(さすが台風女小まめ!)、どうにか雨に濡れることなくたっぷりとイチゴを食べ、海を見て、横浜で赤レンガ倉庫や中華街を歩いて、しまいに蒲田で飲んで、終電で帰りました。 イチゴ狩り、何年ぶりだったかなぁ。イチゴ狩りのイチゴは、どうも生ぬるくて土臭い印象があったんだけど、今日行ったイチゴ園はとても甘くて、いろいろな種類を食すことができたので、大満足。 劇団のメンバーと、こうして純粋に遊んだのも久しぶりだなあ。去年の石垣島以来かしら。いつもなんだかんだと次の公演のことや芝居の話でいっぱいだったけど、昨日はいろんな話題でだらだらだらとずっとしゃべってた気がする。どうでもいいことで大笑いして、楽しかった。 こういうとき、キャラが際立つのは実はセレブ名月だったりする。ふだんはクールで大人なセレブだが、リラックスしているときはセレブ語録とでも言うべき絶妙な言葉が飛び出す。今回私が一番ウケたのは、空を飛ぶ鳥を見上げてつぶやいた一言、 セレブ 「いいよね〜、猛禽類♪」 ・・・え? ユージン「猛禽類ってなに?」 セレブ 「ハゲタカとか鷲とかじゃない?」 ユージン「ハゲタカって、どうして禿げてるんだろう」 セレブ 「死肉に首を突っ込みやすいようにでしょ」 ・・・し、死肉って・・・そんな言葉が日常用語に飛び出すとは・・・これもセレブだからなのか?? ともあれ、とっても楽しい一日でした♪来週は気球倉庫のバラシです。力仕事、がんばるぞう! ![]() イチゴ、80個は食べた。ビタミンCたっぷり♪ |
春
2007 / 03 / 23 ( Fri ) 人生に一度しかないことには、どんなことがあるだろうか?
結婚は何度もする人がいる。 就職も今や人生に一度とは言えない。 進学も、失敗したりやり直したりする場合がある。 まわりを見渡すと、そのときは実に記念すべきことのようでいて、 時が移ればくり返したりやり直したりしていることは少なくない。 でも、たしかに人生に一度しかない節目はある。 自分が当事者である場合は、たった一度しかないという実感がないままにやり過ごしてしまうこともあるけれど、その場に立ち会うと、自ずから厳かな気持ちになって、何ものかに感謝したくなる。 たとえば学校を卒業する日。 成人を迎える日。 さらにさかのぼれば、 あなたがこの世に生まれてきたこと。 私がこの世に生まれてきたこと。 別々に生まれた者同士が出会えたこと。 そして、一緒に過ごせた一日、一日。 本当は、そのどれもが人生に一度しかない、かけがえのない瞬間だったのだと、今あらためて思う。 出会いと別れの春である。 一度しかないこの瞬間をしっかりと確かめつつ、一日一日を大切に過ごしていきたいと思うのである。 |
ええじゃないか!
2007 / 03 / 21 ( Wed ) 今日は久しぶりの贅沢な休日。朝7時から高速バスに乗って、富士急ハイランドへ!ディズニーランドも好きですが、絶叫マシーン大好きな私にとっては、かなりポイントの高い遊園地です。ほとんど休むこともなく、一日中遊びまくりました。 もちろん乗りました「ええじゃないか」! いや〜、あれはすごい! 最初の上りを、後ろ向きで上がっていく間に、恐怖感倍増。そのあとは、ありえない向きで落下したり、とんでもないところで宙返りしたり、しまいには自分がどっち向いてるのか分からないうちに終了。 今まであちこちのジェットコースターに乗ってきましたが、中でも一番こわいのは同じく富士急ハイランドの「FUJIYAMA」だと思っていたんだけど、「ええじゃないか」はかなりいい勝負だなあ。 もちろん「FUJIYAMA」も乗りましたよ。ストイックなジェットコースターで、私はやっぱり「FUJIYAMA」大好きです。 それにしても、春分の日の富士急は激混みでした。「ええじゃないか」は2時間待ちで乗りましたが、その後通りかかったら4時間待ちだと!?ありえな〜い。私も、ほとんどすべてのめぼしいアトラクションを制覇しましたが、超・戦慄迷宮だけは2時間40分待ちだったので諦めました。ディズニーでもこんなに待たせないだろ;; さて〜、遊びはこのぐらいにして、今年は忙しい春になりそうです。 |
クレーター
2007 / 03 / 20 ( Tue ) 今日、仕事をしていて、ふと自分のことを振り返ってみた。
私は、いつも次から次へと何かを思いついては取りかかり、頼まれごとは安請け合いし、何かに誘われればほいほいとついて行き(宗教以外)、「ひえ〜っ」と言いながらも、気がつけば何だかんだとこなしている。でも、毎日ばたばたしているので、ゆっくりとその出来栄えを振り返る余裕はなく、ゆえにできたものをもって開き直るしかなく、振り返りたいときにはすでにネタが手元にないことすらある。動き出しにも余裕がない。よく考えないで物事に手をつけるので、二度足を踏んだり、ぽっかり忘れていることがあったりして、あたふたすることも多い。 まあ、生活ぶりからしてそうなんですけど。朝は、ゆっくりと今日の予定を確認し、新聞でも読みながらごはんを食べ、余裕をもって家を出る。寝る前には、一日の出来事を振り返り、やるべきことを整理して、自分の心や体の状態を顧みる。そういう生活を本当はしたいんだけど、まあ実際のところは全然ダメです;; どうしてなのかな〜と思って、まず心を落ち着けてみようと思った。 落ち着いた心で生活することを目標にしようと思った。 ・・・・・・ 落ち着けない。 どうしてなんだろ。 落ち着こうと思うと、何かが足りない気がしてくる。 落ち着くとそわそわしてくる。 落ち着くことに、落ち着かない。 何か忘れていることがある気がして、かえって落ち着かなくなる。 落ち着くことを、私は恐れてでもいるのだろうか? この感情は、私の中のクレーターみたいなもの。 今までも感じたことはあったけど、ときどき、その存在を実感するのだ。 いつから私の中にあるのだろう。過去の何かが隕石のようにこれを残したのか、生まれたときから私の中にあったのか、分からない。 でもきっと、今までの創作意欲も何もかも、たぶんそこから生まれているのだ。 このクレーターを、しっかりと埋めて落ち着いて生活したいのか、 私らしさとして、大切にしていくべきなのか、自分でも分からない。 私は不幸好きじゃないし、できれば合理的に生きていきたいので、毎日を充足して過ごしたいし、幸福でありたいと思っている。 しかし、このクレーターは負とも陽ともつかない引力で、私を引っ張り続けてきた。そもそも、人間が幸福を目指すのは、意志的なものであって、本能的なものじゃないのかもしれないなぁ。 あ、ダメ生活の言い訳にはなりませんね・・・^^;) |
男気求ム
2007 / 03 / 18 ( Sun ) 今、美容院。
暇。 女性らしからぬ発言だが、私は美容院ってあんまり好きじゃないの。 疲れるし、動けないのがいや〜。 だから年に2〜3回しか行かない。 おかげで、私の髪はずっと伸びっぱなしだ。たぶん、今人生史上最長だ。 せっかくだから、長さはあまり変えずに自分ギネスにチャレンジしてみよう。 暇なので、この時間に気球日記でも書こう。 先日、ホリエモンが実刑食らった。 無論、即日控訴したからまだ確定じゃないけども。 私としては、「ビバ!裁判長!」って感じ。 裁判て、結局法の解釈や、関係者の言い分を総合的に斟酌した結果だから、ある意味では、言い方ひとつでいかようにも有利にも不利にもなってしまう。だからこそ頭のいい弁護士(ホリエモンみたく頭のいい被告人も)は、巧みに言葉を操って罪を免れようとする。今回も、犯行内容はかなりグレーな感じだったし、検察側も相当躍起になって吊るし上げた感はあるから、「疑わしきは罰せず」みたいなオチになるんじゃないかと思ったんだけど、あっぱれ裁判長。ちなみに傍聴マニアな私は、報道で名前を聞いただけで裁判長の顔が分かりました。 私は株とか詳しくないので、事の真相はあまりよく分からないけど、罪というものは本来、法律を侵したかどうかじゃなくて、悪意をもって人に被害を負わせたかどうか、だと思うのだ(もちろん悪意がなくても罰せられるけど、多少割り引きに)。仮に法律的にぎりぎりの線でかい潜っていたとしてもだ(今回の判決は有罪判決だから、法に触れていたという判断だけど)、人の迷惑や犠牲の上に利益を上げるってことは、やってはならんのよ。ルールではなくて倫理性の問題。 ホリエモンには、個人的にそもそも好感が持てない。 どこがかと言うと、なんでも自分の思い通りにできると思ってるあたりが。常に周囲を見下している空気が滲み出てる。ああいう人は、誰かのために自分がなにかを譲るとか、理不尽なことを甘んじて飲むという度量はないんだろうなあ。なんでも自分の思い通りになると思っている人間の懐は小さい。まあ、そうは言っても、あの人の能力は、そこらへんの男性に比べたらやっぱり群を抜いているのが悔しいところなんだけれども、逆に考えると、それほど頭のいい人が、意図せずして犯罪の誤解を受けてしまうはずもないわけで。 もっとも、あの人が、好感度をアピールすることにもっと計算高かったら、こんなことにはならずにもっと大きなことをしでかしたかもしれないなぁ。野望や成金趣味が透けて見えてしまったところが、彼の敗因だった気もする。そもそも、信頼し合うべき仲間と、法廷でこき下ろしあうなんて、男気のある人間のすることじゃないよ。懐の広い、本当に男気のある男はおらんのか。 あ、パーマが終わりそう。 |
kizuna
2007 / 03 / 12 ( Mon ) 昨日は、久しぶりに殺陣教室に参加した。
本番や反省会があってなんだかんだと3回もお休みしてしまったから、ほとんど1ヶ月ぶり。 稽古の前に、師匠がホストのユニットAQUAのDVDを見せてくれた。いや、別に師匠がホストになったわけではない。師匠はプロモーションビデオの中で、立ち回りを披露しているのである。覆面をしながら立ち回っている姿は、ドアップで映るホストたちよりずっとカッコよかった☆ さて、稽古内容は、しばらく来なかった間にレベルアップしていた。ひぃぃぃ〜。 先週来ていた3人は、今まで見た中で一番難しそうな立ち回りに挑戦していた。剣殺陣だけじゃなくて、蹴りやパンチも入ったアクション風の立ち回りで、野性味があってすごくカッコいい。来週は私もやるみたいだけど、果たしてできるのかしら^^;)胸ぐらつかまれたまま、横の人に蹴りを入れるなんて、足の長さが届くかなぁ;; 稽古後は、いつもどおり馴染みの居酒屋へ。寡黙で腕のいいマスターと陽気で明るいママが、夫婦で40年近くやっているお店である。縄のれんに赤提灯の本当に庶民的なお店だけど、マスターの作る手料理がとてもおいしい。 昨日はたまたま、飲みながらママと話をする時間があった。 「40年一緒にやってるけどね、いろんなことがあったわよ。若いころは、お店が終わっても朝まで帰ってこなくて頭に来たり、家でケンカしたまま店を開けなきゃいけないこともあった。でも、お店では笑ってお客さんを迎えなきゃいけない。そういうときね、『どうしても腹の立つことがあったら、あなたの買える範囲で思いっきり高いものを買いなさい』って、お母さんが教えてくれたのよ。私の母は別に水商売じゃなかったけど、ちゃんと分かっていたんだね。」 「まあ、帰ってこないことはあっても、うちの人は仕事に穴を開けたことはないし、店のお金には一切手をつけなかったからね。お客に貢がれるぐらいなら、甲斐性のうちでしょう。」 そう語るママの後ろには、2人で旅行に行ったときの仲睦まじい写真が飾ってある。 2人の一人娘はスチュワーデスになって、先ほど結婚したそうだ。 この春は、そのお嬢さんに連れられて、夫婦そろって初めての海外旅行に行くと言う。 なんか、人生の年輪を感じるんだなあ。いろんなことがありながらも支え合って、手を取り合って生きてきた手作りな感じが、このお店にはあふれているんだなあ。いつ行っても顔なじみの常連さんが多いのもうなずける。みんな、この2人の空気に癒されに来ているんだと思う。 えー、話は移り変わって、そういう素敵なご夫婦がいるかと思えば、こんなニュースも目にした。 「10代後半から40代の既婚者のうち、1カ月以上性交渉がないセックスレスの人は34.6%」 へぇ〜!セックスレスと言えば、「ゆりかごでお留守番」のときに今さととセレブが演じた坂井夫妻もそうだったが、本当に世の中そういう夫婦が多いんだなぁ。3組に1組はセックスレスってことでしょ?少子化も進むわけですよ。 前々回公演には、あまりに頻繁に「セックス」が登場したので、なんか私の人間性が誤解されるんじゃないかと危惧していますが、いやいや、私はあくまでもノーマルですよ。フツーです。でも、結婚歴はないので、こうもセックスレスな話を聞くと、「・・・夫婦ってそういうもんなの?」と素朴な疑問も浮かぶわけです。 どうしてなのかなー。恋人同士でも、長くなると老夫婦のようなカップルもいますが、それでも恋人同士でセックスレスってあんまりないような気もするわけですよ。それは若気の至り?いや、若くなくてもそうだと思うんだけど、生活を共にするとだんだんと性的な色が抜けていくんでしょうか。。。私は、誰かと結婚しても、いつまでもおたがいに魅力的な異性でありたいと思うけれども、それは難しいことなんでしょうか。。。そもそも性的な関係って、結婚という安定した関係に馴染まないのかもしれないなあ。今にも死ぬか生きるかみたいな状況の方が、より強烈な結びつきを求めるのかもしれない。安全で安心になればなるほど、結果的に子どもが減っていくというのも、なんだか皮肉な話です。人間は、セックスにどういう意味を持たせていくのか、そろそろ考えないといけない気がします。声高に話すのが恥ずかしければ、少なくとも自分のパートナーと。 こういうことをあんまり考えると、「ゆりかごでお留守番」の再演でもしたくなっちゃうので、このへんにしておきますが、セクシュアリティがなかなか語られないのは、結局一般化しにくい問題だからなんでしょうねぇ。性生活は、一度きりの人生と表裏一体です。誰しも、自分の性生活しか体験できないわけだし、別の在り方を試してみるわけにもいかない。今このときを、しばらくしてから振り返ることはあるとしても、やり直しはきかないわけです。だから、誰もが自分の価値観でしか物が言えない。こういう問題は、研究が進みにくい。 まあともあれ、短い人生の一期一会を大切にして、死ぬときには「ああ、おもしろかった」と言って死ねるようにしたいものです。 |
反省会
2007 / 03 / 06 ( Tue ) 日曜日に、劇団員反省会があった。
それぞれのスタッフワークを通して、公演を振り返る。 会計報告にはびっくり。衣装かかりすぎだよ、誰だよ、担当者は。・・・私だ;; でもいいもん。今回はやりたいことてんこ盛りな公演にするって、はじめから決めてたんだから。 今後の活動についても、意見交換する。 劇団員がちゃんと全員そろって、今後の行き先を話し合うのは初めて。 この春はみんなそれぞれに転機で、結婚する者もおり、就職する者もおり、私は職場を異動する。それぞれが新しい環境で落ち着くまでに少しの時間はかかるだろうが、これからはそれぞれがやりたいときに、やれることに参加する演劇活動の場として気球計画の名前を残していくことになった。 「劇団◇気球計画」から「気球計画」へ。 今後は、5月ぐらいから基礎練習を中心とした稽古を行い、ワークショップなどを行いつつ、プロデュース的な芝居作りをしていきたいと思っている。メールマガジンは4月号をもって終了するけれど、ホームページは引き続き残していきますので、たまにのぞいてください☆ 反省会の続きは、居酒屋ふじで。 劇団員として、全員そろって飲むのもこれで最後だから、ママに写真を撮ってもらった。 いろいろな奇跡が重なって出会えた、最高の仲間たち。 お別れという実感はない。カーテンコールのあいさつでも、一度ぐらい泣いちゃうんじゃないかと自分で思っていたが、涙は出てこなかった。 物足りなさとか、なにかの終わりという気がしないからだと思う。 新しいことを始めるのには勇気が要るけれど、それぞれの発展と活躍を楽しみにしている。 自分自身にも、何ができるかわくわくしている。まずは、本書きとしてもっと自分を高めたいし、表現者としてのからだ作りに力を入れたいと思う。 ![]() いつかまた、素晴らしい時間を共有できるときまで、おたがいにがんばろうね |
eternal garden 所感
2007 / 03 / 02 ( Fri ) 公演が終わってから、早いもので一週間がたった。
仕事も休まず、それなりに穏やかに過ごしていたけれど、なんとなくブログやmixi日記を書く気がしなかったり、メールの返信が遅れたりしていたので、私なりにはちょっぴり引きこもりモードだったのかもしれない。移動中も仕事中もずっとgardenサントラを聴き続けているので、実はまだ脳がeternal gardenの世界に浸っている感じだ。 公演が終わってから、ふつうの時間に帰宅することさえちょっとした違和感だった。本番前は、稽古のある日もない日も、5分や10分の時間も惜しんで打ち合わせや買い物、衣装作りに奔走していたからなぁ。特に本番前2週間ぐらいは、毎日4時間程度の睡眠で稼動していたので、まあよく体がもったと思う。途中、一度はかぜもひいたのに、まったく養生する暇がないのを見かねたのか、いつの間にやら治ってしまった。丈夫に生んでくれた両親に感謝。 最初に宣言したとおり、今回の公演は私なりにやりたいことをやり尽くした公演だった。 いや、もっともっと上はあったにしても、今の私の力量と物理的な状況に照らせば、これ以上何ができたか今は思いつかない。だから、課題はあっても後悔はない。 さて、いろいろな側面から、今回の公演を振り返ってみたいと思う。 ○本書きとして 本を書き始めた11月初頭から、今回の公演は始まった。 いつのときも楽に本が書けたことなんかないんだけど、今回ほど考えあぐねたことはなかったと思う。大まかなイメージはあるものの、書けないうちはマンガ喫茶で徹夜しても全然筆が進まなかった。前回公演との間隔が短かったせいもあるが、自分の中にいろいろな雑念や迷いがあり、なかなかテーマを絞り込めなかった。 でも、記念すべき第10回公演を、どうしてもそれにふさわしい作品で打ちたい。今までと同じようなことや、それなりにできそうなことなんかやってもおもしろくない。チャレンジなくして、最後まで高いモチベーションを保ち続けることはできない。だから、本当に今自分が創りたい、観たい作品はなんなのか、毎晩耳を傾け続けた。そうして自分の中にひとすじの道が見えてきたとき、「eternal garden」が生まれた。 しかし、特に前回公演とはまったく雰囲気を異にしていたので、読んだみんなはどう反応するかなあとちょっと心配だった。一番最初の読み合わせで、ひと通り読むなり「すごい不思議です。今、まさにこういうのがやりたかったんですよ」と言ってくれたのは、音響・とまっちである。とても勇気づけられる一言だった。言葉通り、とまっちは稽古段階から素晴らしい音響効果をつけてくれて、映像まで作ってくれて、作品に息吹を吹き込んでくれた。 物語というのは不思議なものである。書いているときは自覚がなくても、あとあと「ああ、こういう思いが投影されていたのか」と、自分で気づくことがある。そういうとき、なにかが私にこの物語を書かせたのではないかと感じる。今回は、稽古をしていて何度もそういう瞬間に出会った。 ![]() 今回の舞台を支えてもらったスタッフさんたちです。 本当にお世話になりました! ○演出として 私は自分の書いた作品しか演出したことがないので、演出としての力量が上達しているのかどうかは定かでないが、ともあれ演出も今回で10回目。最初のころよりは演出らしく振舞えるようになった気がするが、かえすがえすも演出は孤独で難しい作業だなあと感じた。まあ、そのぶんほかにはない充足感があるし、もともとそういうものだからいいんだけどね。舞台美術も音響も照明も、演出意図をよく汲んで、素晴らしい作品を創ってくれたと思う。 楽回の前に、みんなに話した。私が「eternal garden」を通して感じたこと、それは「それでも生きることは素晴らしい」ということ。限られた生の時間に、時に理不尽な運命に見舞われたり、過ちや失敗を繰り返したりしながらも、必死に自分の生きざまを追求する姿は、それだけで尊い。所詮、人は何かの途中で死ぬのだし。そして、たまたま生の時間を共有できた相手と深い親交を持てたなら、それを奇跡と思って感謝したい。最後に、そんな思いを舞台に乗せられたら、と思った。 ![]() 染谷さんが手がけてくれた今回の舞台は、ちょっと和風。 竜宮城みたいで、とてもすてきでした。 ○役者として 今回は、役者もやってみた。 今までは、演出が役者を兼ねるのは自分には難しい気がして手控えてきたけれど、いつか一度は役者として気球の舞台に立ちたいと思っていた。 私が演じた雫は、そもそも私が書いたキャラだけど、雫の中から物語を見てみると、また思い入れが違った。雫は、いつしか私を置いて、一人の女性として私の前に存在していた。繊細で優しいがゆえに心病んでいく雫。薄暗い小部屋で、茫然と我を失っている背中を想像して不憫だった。妻として、母としてまっとうできない自分に、どれだけ涙を流したことだろう。死にたいと思ったこともあっただろう。でもきっと彼女は、晦を愛し、沙羅を愛し、自分を取り戻す闘いに命を燃やしていたことだろう。最後には、沙羅のことも、晦のことも、認識できなくなったとしても、命が果てるその日まで。 たとえ短い人生だったとしても、最後まで生きるよすがを追求し、しかも愛されて死んだなら、誰が彼女は不幸だったと言えるだろうか。 ![]() 白髪の晦を、雫は生きて目の当たりにすることはなかった。 今ごろは、ようやく天国で静かに一緒にいると思います。 ○衣装として 今まで衣装は毎回担当者がいたのだけれど、未来のお話ということもあって、特にイメージにこだわりたかったので、今回は私が担当した。 1月から、アジアンテイストなお店を中心に、暇さえあれば高円寺や吉祥寺をうろついて、使えそうな衣装を探し回った。また、沙羅と綺羅のおそろいのドレスや、弔いマント、晦のマント、踊り子や歌姫のドレスなど、お店で手に入らないものは作成した。今回、舞台監督の染谷さんの紹介で、中西梓さんに出会うことができ、6着もドレスを縫ってもらった。中西さんの助力がなければ衣装は到底本番に間に合ってなかったので;;本当に感謝感激である。 人数が多くて結局ギリギリになってしまったところもあったけど、お洋服を探して歩くのは、やっぱり楽しかったな♪ ![]() この写真は一番カラフルなフェスタのシーン。 多い人では、5回もの衣装替えがありました。 ○主宰として 劇団◇気球計画は、本当に多くの人に愛されてきたなあと、今あらためて感じる。その愛に見合うものを、芝居で返すことができただろうか? 今後は、劇団というスタイルは解消して、また新しいスタートを切るつもりである。 このことは、前回公演が終わったころから話を進めていたのだが、ホームページでも日記でも特に公表はしていなかったので、劇場で初めて知ってびっくりした人も多かったようである。「なにかあったのでは?」と心配してくれた人もいたが、何か問題があって分裂したとかそういうことではない。本番まで特に公表しなかったのも、それはあくまでも劇団の事情であって、劇団であるからにはお客様には芝居を見せるのが本分であり、演目によけいな肩書きをつけたくなかったからである。そして、本番でみなさんにお話したのは、今まで気球計画を愛して劇場に足を運んでくれたお客さまたちに、きちんとあいさつをしたかったからである。 5年間の活動を積み重ねて、回を追うごとに公演の規模が大きくなり、以前にはできなかったことがいろいろとできるようになった。今回公演のキャストは20名だが、旗揚げ当時は、そんな規模の芝居をやるようになると誰が予想しただろう?7〜8人の芝居でさえ、人集めに毎回苦労していたというのに。 反面、組織が大きくなったことによって、かつてのように小回りが利かなくなったり、劇場のキャパに縛られるという問題も出てきた。劇団員でスタッフワークを分担しながらなんとか乗り切ってきたが、週末公演しかできない現状のまま、さらに規模を拡大していくには限界がある。また、そういう方向でどんどん規模を拡大していくことが本当に目指す方向なのか、私の中での疑問もあった。活動5年・第10回公演という節目に、それぞれが本当に自分がやりたいことを見つめるためにも、ここで区切りをつけることは、主宰にしかできない務めだったようにも思う。 今まで毎回、私がやりたくて書いたものを、一緒に創ってきてくれた劇団員には本当に感謝している。劇団員も、今でこそ8名いるが、少ないときには4名だったときもあった。ここ2年ほどは、ワークショップやメールマガジンなどさまざまな企画にみんなで取り組みながら、劇団としての機能を生かした活動ができたと思う。 ま、一区切りといってもこれで一生会わないわけでもないし、同じ表現者としてまた力を合わせる日も来るだろう。出会うべきテーマ、出会うべき相手とは、何度別れても人生の行く先できっとまた出会う。今までの人生を振り返って、私はそう確信している。 ![]() 今回は過去最多の大所帯でした。 しかも、大好きな劇場でできてうれしかった。 ○わたしとして 3月2日は、「劇団◇気球計画」という名前を決めた、まさに旗揚げの日である。 あれから5年間、本当に破天荒な、疾風怒濤の日々だった。 劇団を主宰することによって私が得たものは、はかり知れない。 ものを生み出すことの苦しみと喜び。 組織を動かし、何かを決断することの責任。 多くの人と関わる勇気。 親身になってくれる人のありがたさ。 芝居を通して広がる世界観。 劇団を主宰しなければ会わなかった人、知らなかった世界がたくさんある。 辛いとき、本当にどうしようもないほど心乱れたとき、私はしばしば感じた。 「芝居が、私にすべてを与えてくれた」 これからは、この心と体でシンプルに立つ、魅力的な人間かつ創作者でありたいと思う。 ![]() 旗揚げ公演からの、気球古株メンバー。左は晶子さん、右はとまっち。 あと、デザインのMINMINと、受付の中村葉月氏がいます。 ここしばらく、公演に際してお花をもらったことはなかったのだが(むしろお酒は増える一方だった;;)、今回は古い友人やお客さまから、たくさんお花をいただいた。お花をもらうって、やっぱりうれしいな♪みなさん、ありがとうございました。また会いましょう。 ![]() |
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今日は久しぶりの贅沢な休日。






