別れの季節
2006 / 04 / 28 ( Fri )
 今日は、職場の歓送迎会だった。今回、うちの職場は異動する人が多かったので、お別れした人とお迎えした人を合わせると、残っている人のほうが少ないぐらい。私は今年で7年目なので、もはや古株の域だ。
 お別れした人へ、関わりの深かった人がはなむけの言葉を贈る。言葉だけではなくて、一芸を披露する人もあり、今年は手品や三線が登場して盛り上がった。いつの間に、ああいうの練習してるんだろう??同僚の意外な趣味が分かっておもしろかった。
 ふと、私だったら何をするだろうと考えてみた。趣味の域を超えているが、私が仕事以外に打ち込んでいることの筆頭はやっぱり芝居だ。でも芝居って、こういうときにはちっとも役に立たないなあ。外郎売りでもやる?…知らない人には意味分かんないし。急にひとりエチュードとか始めたら、そんなに酔いが回ったのかと思われるだろうし。そう考えると芝居って、本当にいろいろな成立要因を持つアナログな表現だよなぁ。でもまあ、そんな刹那なところが好きなんだけど。
 そんなこんなで、今夜は多くの人とお別れをした。春は出会いと別れの季節と言うけれど、やっぱり別れの方が心にしみる。今までのいろいろな出来事やエピソードを思い出す。別れ際、よかったことはなおさら名残惜しく、よくなかったことは笑い話になる。おたがいのさらなる充実と発展を祈りたい。
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ら抜き携帯
2006 / 04 / 27 ( Thu )
 新しく買った携帯電話に、ようやく慣れてきた。長年連れ添ったPHSもまだ解約してはいないのだが、最近はすっかり家の充電器に置きっぱなしになっている。たまにメールなどが来ていじろうとすると、使い方をすでに忘れかけている自分に気づいてびっくり。慣れってこわいなあ;;
 それはそうと、この新しい携帯電話でメールを打つとき、「こられる」と打っても「来られる」と変換してくれない。「凝られる」とかわけの分からん変換はするくせに、「来られる」は出てこないのだ。「来られそうなら電話して」とか「明日の稽古来られる?」とかよく使うフレーズだけに、すぐに変換できないのは不便なことしきり。なんで!?と思っていたが、「これる」と打ってみると「来れる」と出てきた。
 ら抜き言葉もここまで来たか、と思ったね。もともとの「来られる」より「来れる」の方がメジャーになってきたのだろうか?別に変わりゆく日本語を嘆くというほど大げさなものではないが、私は、ら抜き言葉はどうも好きじゃない。話し言葉ならまだしも、文字にして見るとなんだか間抜けな感じがするからだ。
 まあ、言葉は時代とともに変わり続けていくものだから、あと何十年かしたら、ら抜き言葉こそが標準語になっていたりするのかもしれないけど。でも、時代の波に流されていいものと、波に洗われて一層磨きのかかるものとがあると思う。そういった味わい深い言葉も、たくさん見つけていきたいものだ。
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稽古づくし
2006 / 04 / 23 ( Sun )
 昨夜いささか飲みすぎたらしい。朝起きたら、コンタクトも外さず、化粧も落とさずにそのままベッドの中だった;;美容に悪いわ。
 なんとなくまだぐらぐらしている頭を抱えながら稽古場へ。今日はリバーサイドの稽古。合間に役についてのディスカッションをはさみ、本読みを2回行った。もっともっと読み深めながら、役の気持ちに耳を傾けていきたいと思う。そして、まだキャスティングの決まっていない役があるのだが、今日ダメもとで交渉してみた人が意外に乗り気♪もしかしたらびっくりキャスティングがあるかも!?

 夜は、そのまま稽古場を同じ建物の別室に移し、殺陣教室へ。公演を終えて樽本さんも稽古に復帰し、久しぶりににぎやかな稽古場になった。前半のボール蹴りも、やっぱり人数が多い方が楽しい。
 後半では、最近立ち回りを多くやっている。立ち回りの流れを覚えるのはだいぶ早くなったが、それでもまだ動きが頭の中で整理できなくて体がついていかないこともしばしば。どうも私は瞬発力が鈍いらしく、一連の動きの中で緩急のメリハリがきかない。始めたころに比べると、少しは上達しているのかなあ。筋肉がついて、腕の太さだけは成長した気がするんだけど;;

 そんなこんなで、昨日・今日と稽古づくしな週末だった。これから5月にかけて、いよいよ怒涛の稽古月間が始まる。5月には気球のワークショップもあるし、次回公演のこともぼちぼち考えなくてはならない。時間の配分を上手にして、気持ちの余裕がなくならないようにしたい。
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柔軟性の問題
2006 / 04 / 22 ( Sat )
 今日は気球の稽古。見学の人もまじえて、ほどよい少人数で基礎練を行う。
 ここ最近、稽古での運動量が落ちていたことを反省して、前半はひたすら体を動かす。ユージンがボクササイズのメニューを考えてきてくれたので、今日の稽古からさっそくやってみる。ジャブ・ジャブ・ジャブ・ストレート。。。おお!ふだんあまり使わないところの筋肉が大活躍している!腰のひねりがラブハンドルに効いている!連打が二の腕に効いている!そして、なんといっても音楽に合わせて思いっきり体を動かすのが楽しい〜☆時間にして20分程度だったが、終わったときにはあちこちの筋肉がぷるぷるして、脂肪を燃焼した感があり、いい感じだった。と、最近ダイエット劇団と化している気球計画である。。。
 後半は、インプロを行う。最近よくやっているのは、ペアで行うエチュードのようなもの。ただし、双方が相手に言わせたいお題を持っていて、2人の自然な会話の中でそれが出てくれば成功、というもの。制限時間は3分。
 お題は、あえてできるだけ関係性の低いもの同士を決めるので、一方が自分のお題だけに向かって邁進していると、もう一方にはたどり着けない。そして、相手が自分に何を言わせたいのかも想像しながら話を進めないと、お題の言葉は永遠に出てこないことになる。場の設定も自由、2人の関係性の設定も自由、もちろん脚本もない中で、会話が進められていく。
 他のインプロでもそうだが、こういう自由度の高い設定の場合、本当にその人の持ち味やくせがよく表れるなあと思う。相手の話を否定しやすい人、自分の話に持っていきやすい人、なかなか話の核心に切り込めない人、不測の展開に弱い人、2人の相性までもなんとなく見えてしまったりして、見ているぶんにはすごくおもしろい。やってみると、とても難しいのだが^^;)
 結局のところ、人間関係の柔軟性というか、そういうものが問われるのかなあと思う。そもそも芝居は、役と自分、他の共演者と自分、その他もろもろの人間関係で創るようなものだから、柔軟性は必要だと思う。それは別に、誰とでも仲良くできるなんてことではなく。どれだけ自分のバリアを低くし、相手の話に耳を傾けることができるか。相手の話をどれだけ受け入れ、その中でどれだけ自分を伝えることができるか。引きすぎても、押しすぎても、恐る恐るでも、引っ張りすぎても、うまくいかない。私もあまり柔軟な方ではないので、相手によってあるいは展開によって、にっちもさっちもいかなくなることがある。でも、そんな自分を意識して変わろうとし続けていれば、もっと魅力的な人間になれそうな気もするのである。

 夜は乃維ちゃんの就職祝い飲み☆卒業&就職という、人生に一度しかない大きな節目を迎えた乃維ちゃんに、声援をこめて乾杯。ここ数回の稽古で会うたびに、学生から社会人へとどんどん変わっているのを感じる。立場は人を育てるなあ、とまた実感。学生もおもしろいけど、社会人はきっともっとおもしろいぞ!充実した社会人ライフになりますように。
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自慢じゃないが
2006 / 04 / 20 ( Thu )
 昔からけっこう面倒くさがりだ。ちょっとしたことなのに、意外に面倒くさくて先延ばしにしてしまう。たとえば、止まった時計の電池を換えること。お店に行くのを面倒がっている間に、時計のない生活にすっかり慣れてしまい、もう何年も腕時計はしていない。他にも、ちょっとした事務連絡の電話をかけること。着なくなった冬物をクリーニング屋に持っていくこと。借りたCDをダビングすること。メールの返信をすること。どれもやろうと思えば簡単にできることなのに、なんとなく気が進まず「ま、いっか。今やらなくても」と思ってしまう。そのまま意外にも長い期間が過ぎていて、書類の山などたまに片付けてみると「おお〜、こんなのまだあったんだ〜。懐かしい〜。」などと感傷に浸れたりする。そして肝心な片付けはまた先延ばしになり、なかなか片付かない。
 でも最近ふと思うところあって、面倒なことは気づいたときにできるだけすぐやろうとしている。面倒なことは、先に延ばしてもやはり面倒なのだ。でも、いずれどうしてもやらなければならないことだとすると、「あっ、忘れてた」「そういえばあれまだやってなかった」と何度も面倒なことを思い出す羽目になったり、おまけに締め切りを忘れてしまって催促の電話がかかってきたりして、さらに面倒感(?)が増す。なので、できるだけ保留事項をなくし、片っ端から片付けていこうと思っている。いるかいらないか分からなくてとっておく物は、どうせ後になっても見ないから、捨ててしまうに限る。そう思って最近、仕事机をじゃんじゃん片付けているので、周囲の人に怪しまれている。
 が、しかし、自分の中でいろんなもっともらしい理由をこしらえながらも、実際のところは要するにただ面倒くさいってことが、けっこうあるんじゃないかな。そうやって、自然と物事の優先順位を選んでいるような気がする。そして、それはそれで何とかなってしまったとき、「なぁんだ、別に必要なかったんじゃん」と気づいたり。
 まあ、これも、大ざっぱなO型だからかなー。と、血液型のせいにしておこう。
 
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客演稽古開始
2006 / 04 / 18 ( Tue )
 6月に客演するリバーサイド・アーティスト第2回公演「トライ☆アングル」の稽古が、今日から始まった。
 今日はまだ初回なので集まった人数は少なく、今の時点で決定しているキャストは私ともう一人だけだったが、ひと通り本読みをした。おもしろくなりそう♪作・演出の桜井さんいわく、シェイクスピアをベースにした大人のラブコメディとのこと。私がいただく役も、私より年上の大人の女性である。これから妄想たくましく、役のイメージをふくらませていこうと思う。今日は永福町だったので、稽古後はもちろん大八へ。稽古後の飲みから参加したメンバーもいて、ひとまずにぎやかな出発となった。
 今回の小屋は、乃木坂のバー・コレド。ライブスペースのある素敵なバーだ。そういうところでの芝居は初めてだし、お客さんともども飲み食いしながらの芝居になるようなので、新しい試みがたくさんできそうである。作品としてももちろんいいものにしたいけど、公演としてもきちっとしたものにしたいな。あ、いかん、思考スタイルが主宰モードになっている;;今回は、一役者として、楽しんで参加しようと思う。役者をやるのは、去年の稽古場公演以来だし☆

 それにしても、プロデュース公演に参加してあらためて思うことは、劇団とプロデュースのスタイルの違いだ。どちらがいいとは一概には言えないが、プロデュースとなると、よほど優れた制作チームでもいない限り(そんなものいたらうちが欲しい)、すべてをイチから作り上げなくてはならない。劇団公演と違って、積み重ねや暗黙の了解みたいなものが使えないし、集まったもの同士、最初は探りあいながら集団の空気を作っていかなくてはならない。まったく予測のつかない化学反応が期待できるのは、おもしろそうだけど。
 気球計画は旗揚げ以来ずっと劇団のスタイルをとっている。もちろん劇団といっても劇団員は一番少ないときで4人だったときもあるし、毎回の公演で客演の力を借りているからすべてを劇団でまかなっているわけではない。そして、劇団としての機能がうまくまわり始めるには時間もかかったが、回を重ねるほど、劇団というスタイルにずいぶん助けられていると思う。スタッフワークを計画的に分担できるし、それはひとつひとつの作業の充実につながる。それに、適当にプレッシャーをかけながらお尻を叩いてくれる仲間がいるから、ずぼらな私が主宰やら作・演出やらをやっていられるのだろう。

 何はともあれ、楽しみなプロジェクトが動き出しました。6月3日(土)・4日(日)の2日間、計4ステです。よかったらぜひ観にいらしてください!
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言の葉つながり
2006 / 04 / 15 ( Sat )
 オトナ飲み
 昨日は、先日客演してくれたちぃちゃんと晶子さんと新宿で待ち合わせ、3人でオトナ飲み☆
 せっかくのオトナ飲みだから、いつもの居酒屋じゃなくてちょっと素敵なお店へ。このメンツで飲むのは初めてだったけど、芝居のことやそうじゃないことや、おバカなぶっちゃけトークで盛り上がって、とても楽しかった。

 今夜は、タイニィ・アリスで劇団チョコレートケーキの「何か、空海?」を観た。こちらは、先日客演してくれた松ちゃんの劇団である。孤独を愛し、強制を嫌い、すべては自己決定のもとに行動する集団、孤独部。そこに集まったおかしな部員たちが織り成す、暴走プレイ。役者さんたちはみんなテンションが高くて、バカ騒ぎっぷりが気持ちよく、楽しい芝居だった。松ちゃん、生き生きしてたなあ。個人的には座長さんのプチ男さんも大ヒットだった。
 劇団なんてそもそも孤独部みたいなものかもしれないなあ。それぞれ好きなことややりたいことがある者同士が幸運にも出会い、時間と空間を共にしている。いい大人同士が、バカ笑いしたり、踊ったり、人前で泣いたりしている。考えてみれば、なんて滑稽なんだ。だが、待てよ。意外と劇団に限ったことじゃないかもな。おかしなところで怒鳴ったり、理解しがたい趣味に没頭したり、そういう人は身の回りにもたくさんいるじゃないか。
 そんなことを考えながら見ていたら、理由もなく胸がスカッとするような、そんな芝居だった。

 先日の勇矢さんのライブもそうだけど、言の葉の一滴でめぐり合えた多くの魅力的な人たちと、こうしてしばしば楽しい時間を共有している。これも、一滴から広がる波紋だなあ、とうれしく思う。
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ライブな夜
2006 / 04 / 12 ( Wed )
 仕事帰りに、西荻窪のライブハウスへ。今日は勇矢さんのライブ!こないだは沖縄帰りの飛行機が2時間も遅れてライブに間に合わず悔しい思いをしたが、意外にも近いうちに次のライブがあったので、喜び勇んで出かける。
 西荻窪は、受験生の頃に通っていた塾があり、今でも稽古でしばしば使うのでわりとなじみ深い街だが、今日のライブハウスは知らなかった。行ってみるといつも通っている道沿いにひょっこりあったので、びっくり。一人で行ったので入るまではちょっと緊張したが、30人も入ったら満員になりそうな、こじんまりとしたきれいなライブハウスだった。今日は勇矢さんを含めて3組のアーティストが出るコラボレーション・ライブらしい。なんでも、主催者の方が、自分の聞きたいアーティストばかりを集めたとのこと。
 やがてライブが始まった。勇矢さんは、トップバッター。第一声を聞いて、ああ、なつかしいなと思った。生の歌声を聴くのは公演本番以来だ。稽古中は、毎日毎日勇矢さんの歌声を聞いていたが、公演が終わってからは気持ちを切り替えるためにも少し距離を置いていたので、なおさらなつかしかった。今日は、たくさん歌ってくれたし、しかもラストが私の一番好きな「主は我が羊飼い」だったので、とてもうれしかった。聴いていたら、稽古中のはりつめた気持ちを思い出して、あのころとはすでに変化している自分をまた実感する。歌の記憶は、そのときの感情とともに脳のどこかに刻まれているらしい。
 今日のライブを聴いていてあらためて思ったことは、勇矢さんの歌は、まったりとして優しいのに、どこか孤独感に満ちているということだ。マイクを通して歌っているのに、独り言をつぶやいているような雰囲気がある。もちろん、ライブだから聴き手を意識してはいるはずだが、この人は一人でも同じように歌っているんじゃないかと思う。そういった、聴く者に媚びない孤高な世界観がある。私が勇矢さんの歌に惹かれる理由はそこだ。姿勢を正して、しんと耳を傾けたくなるのだ。聴いていると、些末なことで一喜一憂している自分が小さく思え、しっかりしようと思えるのである。

 勇矢さんの出番が終わって、ほんとはそこで帰ろうと思っていたのだが、狭い小屋で目立ちそうだったので席を立てず、しかも隣り合わせた女性と少し親しく会話をして「私は3番目に出るはりうさぎを聴きに来たんです」などと聞いてしまって、ますます帰りそびれてしまったので、結局最後までライブを聴くことになった。
 いや〜、しかし、これが正解だった!残る2組、Miiyaさんと「はりうさぎ」さんは、どちらも初めて聴くアーティスト。勇矢さんも含めてある意味三者三様で、主催者のセンスの豊かさに感心した。Miiyaさんは、どこかなつかしいような、青空のようなまっすぐな歌声だった。歌の世界はとてもピュアで、煩悩まみれの私にはちょっと気恥ずかしかったけれども、聴く者への誠実な届け方をしっかり心得ている人だなあと思った。「はりうさぎ」さんは、イケメン2人の若者ユニット。トークはお笑いみたいですっごくおもしろかったけど、歌はピアノとギターのみとは思えないほど熱くて、すてきな曲ばかりだった。そんなこんなで終わったときにはもう10時半だったが、全部聴いてよかったと思えるお得なライブだった。

 聴いていて「ああ、今この人はめちゃめちゃ楽しいんだろうなあ」と伝わってくる瞬間が何度かあった。私も、時々そういう瞬間があるのでよく分かるが、ああいうときの高揚感・充実感といったらたまらない。めちゃめちゃ楽しそうな人を目の当たりにして、なんだかうらやましくもあった。なんでもそうだが、やっぱり自分が楽しいと思うことをやるべきだ。楽しくなるようにやるべきだ。バランスなんか取りすぎると、けた外れに楽しいことにも出会えなくなる。何はともあれ、自分が楽しいと思うことを存分にやるべきなのだ。忙しいだの、できそうもないだの、ごちゃごちゃ言ってる場合じゃない。人間は、たぶん無意識のうちにやるべきことにちゃんと優先順位をつけている。理由は何であれ、先延ばしにするようなことは、所詮その程度のことなのだ。

 そんな元気をもらって帰宅。歌の力ってすばらしい。
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歯医者へGO!
2006 / 04 / 11 ( Tue )
 仕事帰りに歯医者さんに行った。歯医者さんに行くのなんて何年ぶり?少なくとも、ここ10年は行ってないはず。得意な人はいないと思うけど、私は歯医者さんが苦手だ。あの独特なにおいも音も、もちろん痛いのも嫌いだ。でも、歯につめていたものがとれてしまったので仕方ない。
 気が進まずにのろのろしていたので、目指す歯科医院に着いたときには7時をまわっており、受付が終了していた。なんだ♪終わってるんじゃ仕方ない。またにしよう、と帰ろうとした私の目に「歯科夜間診療」の看板が・・・しぶしぶとその歯科医院に向かう。
 偶然ながら、歯医者さんも衛生士さんもよく説明してくれる優しい人でホッとした。初診なので、レントゲンを撮ってもらう。つめてあった奥歯がむし歯になっているらしい。「でも、硬くてじょうぶないい歯ですよ。神経を殺したりせずにむし歯の治療で済みそうですから、これから大事にしてください」と言われた。その後、レーザーで治療してもらい、歯石除去やブラッシング指導を受けたあと、続きは来週に。稽古の忙しい時期じゃ通えないから、今がチャンスだな。

 それにしても、歯医者で感じる痛みって、それほど耐えられない痛さじゃないはずなのに、どうしてあんなにいやなんだろう。自分じゃ見えないところを人に任せているからだろうか。でも、注射の時にはじっと見ているとよけいに痛いから、ちょっと目を反らしたりするけど。なんにせよ、恐怖感が痛みを倍増させるのだと思う。ああ、早く治療が終わりますように。
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アボガド納豆丼
2006 / 04 / 10 ( Mon )
 下北沢で芝居を見た後、よく行く店がある。ビルの3階にあり、目立たない小さな店だ。でも、芝居の舞台にでもしたいような、おしゃれでそれでいてアットホームな雰囲気のお店だ。
 この店の何がいいって、食べ物がおいしい。若い女性が2〜3人でやっているのだが、とてもおいしい和洋折衷のメニューを出してくれる。私のイチ押しはアボガド納豆丼だ。これを食べたくてこの店に来ると言っても過言ではない。一昨日も、下北沢で忍ちゃんの芝居を見た後に立ち寄り、結局3皿も頼んでみんなでぺろりと平らげてしまった。

 今日は家ごはんデーだったので、あのアボガド納豆丼に挑戦!
 ひとまず、アボガドと納豆を買う。「スーパーで買うアボガドはいつも固くて」とこぼしたら、「青いうちに食べるからだ!茶色になるまで待て!」と怒られたので、ちゃんとできるだけ茶色いアボガドを購入。ほんとだ・・・やわらかいよ!お店で食べるのと同じだよ!私は感動したが、世間じゃ常識なんだろうね^^;)
 味付けはよく分からないので、ごはんを盛り付け、付属のたれでかき混ぜた納豆を盛り、さらにアボガドを乗せる。その上から適当におしょうゆをかけ、きざみ海苔をふりかける。・・・完成?なんかやたら簡単だけど。全体を混ぜて食してみると、あのお店の味には遠く及ばないが、まあそれなりに美味しかった!納豆とアボガドのとろとろ具合が相乗効果となってごはんに合う。これに何を足したら、あのお店の味になるんだろ。ともあれ私にもできるほど簡単なので、とろとろ好きな人にはおすすめです☆ちなみに、最近の私はコラーゲン納豆がお気に入り。ふつうの納豆よりさらにとろとろしていて、美肌効果が期待できそう。
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稽古再開
2006 / 04 / 08 ( Sat )
 久しぶりに、朝走る。公演前に、腰痛と寝不足で走れなくなってから、気がつけばもう一ヶ月もたつじゃないかー。体調もすこぶるよいので、もうサボっている口実がない;;
 久しぶりに走ってみたら、私のジョギングコースは思いっきり桜並木だったことが分かった。もう盛りを過ぎていたけれど、それでもじゅうぶんにきれいで、吹く風もほのかに桜の香り。満開を見逃したことを少し悔やみながら、桜吹雪の中を走る。こないだの舞台でも桜を降らせたけれど、やっぱり本物にはかなわないな。

 そして、今日から気球の稽古再開。当分は基礎稽古期間なので、稽古場には劇団員のみ。少人数稽古も考えてみれば久しぶりで、気の置けない雰囲気で楽しかった。今回より筋トレメニューを組み直し、フットワークを復活する。フットワークは1年半ぐらいやっていなかったので、久しぶりにやってみたら体が重くて、すぐに足の筋肉がぷるぷるし、どっと汗をかく。昔に比べると、稽古の運動量がだいぶ減ってたんだなあ、と実感。そして、新しいメニューとしてユージンプロデュース・ボクササイズも取り入れることに。基礎稽古期間は、どんどん体を動かしていきたいと思う。
 稽古後、忍ちゃんの客演公演を見に行く。忍ちゃん、また一段とやせたような。。。ともあれ、公演お疲れさま☆
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事実は小説よりも。
2006 / 04 / 03 ( Mon )
 実家の駅近くで、母と会う。母はここしばらく体調を崩していたが最近元気になってきたようで、外で会うのは久しぶりだった。いつものように、一緒に買い物をする。妙に嬉々としているな、と思ったら、欲しいお洋服に目星をつけていたらしく「取り置きしてもらってるの♪」と満面の笑み。要するに買っておくれということね^^;)沖縄帰りで、これ以上の散財はさすがに痛手だったが、こんなことができるのも今のうちかもしれないと思い、お財布を取り出す。ところが、試着室から出てきた母が着ていたのは私でもためらいそうな派手なデザインのスカートだった!「いささか短い!」「おなかが目立つ!」「いつはくの?」と熱心に説得してあきらめさせ、もう少し地味なワイドパンツで妥協案に落ち着く。ふぅ〜、よかった。。。まあ、こんな楽しみも、母娘ならではといったところか。
 いつも買いに行くブティックは、うちの実家のそばにあるぐらいだから小さくて地味だし、いわゆるおばさん向けのお店。だが、品物をよく見るとセンスがよく、インポートものも時々扱っている。うちの母よりも年上のマダムが一人でやっており、この人は話し方が独特でおもしろい。メイクが巧みすぎて素顔はもはや分からないが、身に付けているものはとてもおしゃれだ。服を選びながら話をすると、若いころは銀座のブティックで働いていて、外国から生地を取り寄せて作ったりしていたのだと言う。心底、おしゃれが好きなんだなあと思う。おしゃれであり続けることにはエネルギーが要る。誰のためでもなく、自分が自分のために注ぐエネルギーだ。でも、いくつになってもそういうエネルギーを惜しまない人はきれいだし、面倒がる人は若くてもどんどん老け込んでいく。好きな洋服を生業にして、この年になっても地元で小さな店を営んでいるこのマダムは、まさに筋金入りだ。

 その後、母に連れられて地元のとんかつやさんで夕食。ここも狭い狭い店だったが、地元の人に愛されているみたいでお客さんはひっきりなしだった。ここでも、肝っ玉母さん風のおばさまが、一人でせっせと腕を振るっていた。
 私たちが最後の客になったので、サービスで桜饅頭を出してくれた。おいしい♪お礼にと石垣島で買ってきたお菓子をおすそ分けすると、おばさまはそれをすぐには食べずに、棚に置かれた写真の前に置いた。
 話を聞くと、写真は2年前に亡くなったご主人だそうだ。お二人の間の一人息子は役者を目指していたそうだが、22歳のときに交通事故で急逝し、「泣いて3年、乗り越えるのに7年、10年たってようやくこうして人に話せるようになったわ」と言う。今年で、息子さんが亡くなってから18年になるそうだ。
 2年前にご主人が亡くなるまでの間、このご夫婦はどんな思いでお互いを支え合って生きてきたのだろう、と思った。この家庭的な店を切り盛りしながら、ずっと2人で生きてきたのだ。そのご主人も亡くなった今、おばさまは「主人は立派な、大きな人でした。このお店も、お客様も、みんな主人が残してくれたんだと思ってるの」と語る。二人の間の変わらぬ絆が、今も目に見えるようだった。
 だがしかし、おばさまはこうも話した。「この間、民生委員の人がうちへ来てね。一人暮らしの70歳以上の人のお宅を訪問するんですって。そのとき、『ああ、一人なんだなあ』ってあらためて思ったわね。それから、主人がいたころはお祝いでもお悔やみでも主人の名前を書いていたけど、今は、自分の名前を書くでしょう。それにも、ようやく最近慣れてきたわね。」
 なるほど〜と思った。人はそういうところで孤独を感じるものなのか。どんなに充実した人生だとしても、人はやがてひとりに帰る。それは寂しいことでも哀しいことでもなくて、当たり前のことなのかもしれない。
 私は常々、どんな小説よりも生身の人生の方が波乱万丈で奇想天外だと思っている。どんなに平凡に見える人でもきっとそうだ。物語は、本物にはかなわない。長く生きた人の話を聞くと、つくづくそう思うのである。
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波音に寄せて
2006 / 04 / 02 ( Sun )
 ここ数日、にんじんよろしく沖縄ツアーを目の前にぶら下げて、自分を叱咤激励してきたが、ついに実現!新社会人になる乃維ちゃんと就職活動中の小まや、公演間近の忍ちゃんは残念ながら来られなかったが、劇団員総勢6人で出発。今回の旅の個人的なテーマは「意図的にだらだらすること」。ただやることがなくて暇なだけなら1時間で退屈するだろうけど、意図的にだらだらすることはいくらでもできる。2泊3日と短いけれども、久しぶりに仕事ともパソコンとも離れたバカンスだ!

 初日、心配だったのは7:55の羽田集合に間に合うかどうかだったが、無事に早起きすることができてまずはホッとした。期待感のせいか、はたまた寝不足のせいか、みんなやたらとハイテンションで那覇経由で石垣島に到着するまでしゃべりっぱなし。
ユージン
ツアー部長ユージンは、羽田を立つ前にデジカメをこわす。。。
 石垣島は半袖でも十分なほど暖かかった。ホテルで、別便で到着した秦くんと合流し、車2台に分乗して遅めの昼食へ繰り出す。お目当ての八重山そばを探すのに1時間迷ったあげく、『まことに勝手ながら休業』。。。空腹で死にそうになったが、別のお店で食べたソーキそばがあまりにおいしくて元気回復。それから川平湾と白保の海を見に行った。
川平湾
エメラルドグリーンのおだやかな川平湾。

 2日目。ちょっと風が強いけどとてもいい天気。今回ぜひ挑戦したかった体験ダイビングへ!ちなみにユージンと秦くんは、すでにCカードを持っているダイバーである。初めてウェットスーツを身に付けて、いざ海へ出発♪
 最初はシュノーケルで口呼吸に慣れる。私はもともと泳ぐのが上手じゃないので足の立たないところで泳ぐのは怖いのだが、次第に自由に船を離れることができるようになった。その後、ダイビング初体験。。。しかし、タンクを背負ったとたん急に恐怖感がこみ上げてきて、心臓がドキドキした。タンクを背負っただけでこんなに息苦しいのに、水中で口呼吸だけで本当に耐えられるのだろうか!?でも、同じく初体験のおぎぃとセレブがするするとロープを下っていくので、勇気を出してついてゆく。
 海底に着いて呼吸を整えたら、だんだん落ち着いてきた。慣れてくるとシュノーケルより楽に呼吸ができたし、なにより自由に魚に近づけるのがうれしかった。色とりどりの珊瑚の間から、小さくてカラフルな魚たちがたくさん出入りしていた。いくら見ていても見飽きることがなかった。
ダイビング
ウェットスーツで気分は戦隊ものヒーロー(私はなぜかウルトラの母風)

 3日目。ダイビングであまりに疲れたのか、前の晩は早めにぐっすり眠ってしまったので、朝は少し早起きできた。ホテルの前の浜辺を散歩する。朝の海は気持ちいい。
 朝ごはんのあと、竹富島へ。石垣島から船で10分で行ける小さな島だ。でも、石垣島とはまた違ったさらにのどかな雰囲気で、石を積み上げた塀とかわら屋根の沖縄らしい民家が並んでいる。この島のコンドイビーチは本当に美しい。そしてもちろん、その浜辺で飲んだオリオンビールは最高においしかった。
竹富島の民家
民家の屋根にはもちろんシーサーが。どれも愛嬌があってかわいい
 そして、後ろ髪を引かれながら帰途へ。さすがに帰りの飛行機では、全員ほとんど話もせずに爆睡だった。だらだらするつもりが、いつも以上に勢い込んで遊んでしまったのだから、それも自然な成り行き。悪天候のために羽田到着が2時間近く遅れてしまった。帰りたくないと思っていたけれど、ようやく東京に着いたらやっぱりホッとした。
 こうして久々のバカンスは終わった。離島っていいなあ。次は西表島に行きたい。さっそくその日のために積み立てを始めようと思う。

コンドイビーチ
変わらないのは海と空だけ
 前にも書いたが、石垣島には8年前に一度来たことがあった。
 そのころ、私にはとても好きな人がいた。その人を失うとしたら何もかもが終わってしまいそうなほど、その人のことが好きだった。けれども、うまくいかない恋だった。精一杯気持ちを張っていても、涙が出てきた。自分でも持て余すほどのその想いから逃れるように、私は一人でこの島に来て、4日間を過ごした。
 島の人は、ヤシガニを採りに連れて行ってくれたり、浜辺の酒盛りに招いてくれたりした。方言が強すぎて話していることの半分は理解できなかったけど。そんな飾らない人の優しさや、視界に入りきらないほど見渡せる海の大きさが、束の間、私を癒してくれた。
 その人とは、それから数年の後に別れてしまったので、今ではもう会っていない。長いつき合いの中でいろいろなことがあったけれど、あれほど誰かを好きになったことは今のところまだないように思う。ようやく、思い出しても不用意に心が動じることはなくなった。一抹の悔いを除いては。
 今回旅先が石垣島になったのは偶然だったが、あのころのことを思い返すとともに、つくづく時間の経過を感じた。道も町並もだいぶ忘れていたし、あのころはデジカメなんてものはなかった。8年後に、自分が劇団をやっていてその仲間たちと同じ場所を訪れようとは夢にも思わなかったし、黙って私を見送ってくれた母は今ではずいぶん年をとった。なんにせよ、あのときの私があって、今の私があることは間違いない。そして私はたくましく生きているし、何もかもが終わってしまうようなことはなかった。
 あのとき天気が悪くてできなかったダイビングを今回は実現し、あのとき一人で歩いた浜辺を、今回は仲間たちとはしゃぎながら歩いている。そうやって、同じ場所にも異なる思い出を積み重ね、そのときどきの風景を築いていくのだと思う。いつの日かまたここを訪れるときには、私の人生はどんな風景になっているのだろうか。願わくば、充実した自分でありたいし、また大切な人と一緒に来たいと思う。
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